言葉

言葉2

「そのときは彼によろしく」
 智司と鈴音の会話

「思い出、記憶、そういったものがいっぱい残っているでしょ?」
「はい、残ってます」

                *

「その記憶があの場所を形作っているんだと思う」

                *

「でも、どうしてそんな世界があるんだろう?」
「さあ」と彼女は首を傾げた。
「それは私にも分からない。でも、夢とすごく似ている場所だから、結局はみんなの心がつくりだしたものなんじゃないのかしら?」
 鈴音は両手を広げ、天を仰ぎ見ながら言った。
「『かくのごとき夢あれかし』って」
 そして、嬉しそうに微笑む。
「ねえ、それって、とてもすてきな夢だと思わない? すべてのひとたちがみんなそこで繋がっているのよ。私たちも、そしてかつてこの街に暮らしていたひとたちも、みんな」
 ぼくらはばらばらではなくみんな繋がっている。誰もが誰かと誰かの触媒であり、世の中は様々な化学反応に満ちている。
 つまりは、そういうことなのだろうか?
 誰かを愛し、たとえその誰かを失ったあとでも、悲しみとともにその面影を忘れまいと思うこと。悲しみが深いほど、その記憶は強くぼくらの心に刻まれ鮮明に残る。
 だとしたら、彼らを忘れてはならない。彼らがそこにいたこと。愛し、愛され、微笑みを交わし合っていたこと。そのすべてに意味があるはずなのだから。
「なぜ、私たちがこれほどまでに思い出に魅せられているのか、そのわけが分かるような気がするでしょ?」
 彼女の言葉にぼくは頷いた。
 ぼくらはどうしてこうも過去へと向かおうとするのだろう―――
 いつか、花梨も言っていた。これは人に備わった本能なのだと。そう、人は振り返らずにはいられない生き物なんだ。「懐かしい」と感じるのは、とりもなおさず、その「時間」を求めているのだということ。すべての瞬間を愛し、人生を慈しむ。その思いすべてが、「あの夢」をつくりあげていく。愛する者が住む世界を―――


       ***********************

 鈴音への手紙


『アイルランドの冬はどうですか? やっぱり、すごく寒いんでしょうね。風邪などひいてませんか?
 今年の冬はなんだかとくに寒いように思えます。でも、毎年ぼくはそんなふうに思っているのかもしれない。それは歳をとっていくことと、あるいは何か関係があるのかもしれません。子供の頃は―――花梨や祐司とあの町で冬を過ごしてた頃は、いまほど寒さを気にしていなかったのですから。ぼくももう40になりました。この歳で独りで暮らすということが、きっと一番の寒さの理由なのかもしれません。
 人は弱い生き物だなと、最近つくづく思います。夜中にふと目を覚ましたときに、いないとは分かっていても、ぼくは隣の花梨に向かってつい呼びかけてしまいます。『きみが恋しい』って。人には強がって見せますが、本当はあまりの寂しさにやりきれなくなるときもあるのです。人は―――少なくともぼくは、遙か先を見通す力と釣り合いがとれるほどの強さを持ち合わせてはいません。だから、つい弱音を吐いてしまいたくなる。先に続く孤独を思うとき、まるで闇に覆われた果てのない荒野を見渡してしまったような気持ちになります。星あかりはあまりに弱く、か細く、頼りないように思えます。
 それでも、なんとかやっていこうという気持ちになるのは、やっぱりあのときの鈴音さんの言葉があったからなのかもしれません。
 『かくのごとき夢あれかし』
 ぼくらがしっかりと生き、ここにはもういない人々のことをずっと思い続けることが、あの『夢』を支えているのだという事実。そのことがぼくを奮い起こさせます。そこに花梨もいるのなら、ぼくは彼女のために為すべきことをします。為すべきこととはつまり、生きることです。目を見開きすべてを見つめ、耳を澄ませてあらゆる音を聞くことです。そうすることが、あの世界に細部を与え、あの場所を確かなものにしていくのだと信じて。

 また、手紙下さい。ぼくは鈴音さんの手紙をすごく心待ちにしているのです。そして、またいつか会いましょう。『いつか』っていうのが『いつ』だか分からないのだとしても、その『いつか』に、また---

                                        智史』

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言葉

前々回、小説で何かできれば、って書いたんだけど、ここに引用するっていうのもひとつの方法だと思い至りました。

 「I'm coming home」
 
 彼女の躰は、彼がずっと思い描いていたとおり儚く、少しでも力を込めれば、たやすく壊れてしまいそうだった。
 美織を守りたい、と彼は思った。生きて欲しい。
 つまるところ、この思い、遠い先の別離を予感し、それに抗おうとする心の在り様こそが、彼の、彼らの愛だった。


 「透明な軌道」
 
 ぼくらは長生きしますよ、と言って彼は笑った。
 真帆はその言葉が嬉しかった。
 愛って「生きて欲しい」って強く願うことなのかもしれない。彼女はそんなふうに思った。母親が子供を育てるのも、恋人が相手の身体を気遣うのも、愛があるから。

 
 エッセイ「きみはぼくの」あとがき
  
 幼いぼくの目から見た母はあまりに弱く、とても長くは生きられないひとのように映っていました。明日にはもういなくなるんだ。毎日そう思いながら、ぼくは息を潜めて母の姿を見守っていました。
 でも、彼女は人生を生き抜きました。すごいな、と思います。そして、母はぼくのために、こんなにがんばってくれたんだなって、そんなふうに思ったりもします。
 ぼくら母子はあまりにも特殊な結びつき方をしていたために、いまでも、ぼくは自分をうまく立て直すがことができずにいます。
 まあ、でも悲観はしていません。ぼくには奥さんも子供もいますから。彼らのために生きていく。ずっと母の背中をさすった手で、今度は奥さんの背中をさすります。
 

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