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「壊れた自転車でぼくはゆく」発刊

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 2015.1.7日に、書き下ろし長編の最新刊「壊れた自転車でぼくはゆく」が朝日新聞社出版さんから発刊されました。帯にもあるように、「いま、会いにゆきます」では触れることのできなかった、夫婦の一度目の、真の別れの日々を、ようやく描くことが出来ました。それゆえ、ストーリーの核となる部分は、「いま、会いにゆきます」と大きく重なっています(奥さんの幽霊は現れませんが)。そのことはあらかじめご承知おき下さい。
 それでも、いいよ、また読んでみたいな、と思って下さったなら、どうか手に取ってみて下さい。 

 もちろん、主人公夫婦は、「いま、会いにゆきます」の二人とはまったく別の人間です。子供時代に、空襲でどちらも家族を失い、深い孤独の中で出会い惹かれあってゆく。

  主人公は自分の弱さ、拙さゆえ、一度は彼女の幸せを思って別れを決意します。けれど、運命はふたりをいっそう強く結びつけてゆきます。幾多の困難の末に男の子を授かり、束の間の幸福な日々が訪れますが、彼女は空襲のときに身体の奥深くに入り込んだ「小さな小さな爆弾の欠片」がもとで命を落とします。


 残された主人公は、その後の人生をただひたすら亡き妻の面影を追い求めながら生きてゆきます。その末に彼に訪れる奇跡のような出来事。

 「いまあい」では、亡き妻との再会と二度目の別れを丁寧に描きました。そして「壊れた自転車でぼくはゆく」では、ふたりの新婚生活、妊娠、命がけの出産、その後おとずれる親子三人の束の間の幸福な日々、そして夫婦の別れ、を一切省くことなく、とことん自分に誠実に向き合って描いてゆきました。自分自身と小説との距離が限りなく0に近づいてゆくような、そんな感覚でした。

 主人公の孫が一種の狂言回しとなって物語を進行させてゆきます。祖父の昔語りを、孫とその恋人が聞き手となって、時を半世紀以上前へと巻き戻します。

  この二組の恋愛を軸に、そこに主人公寛太と真利子の幼なじみ、啓司と江美子の献身的な愛が深い色を添えてゆきます(発刊三週間経ちましたが、啓司の人気がものすごく高くて驚きました。ぼくは個人的には江美子のはすっぱな物言いと、そのうちに秘めた純情が大好きです。なんか「こんなにも優しい、世界の終わりかた」の瑞木さんみたいで。江美子のスピンオフを読んでみたいって言って下さった書店員さんもいらっしゃいました。ぼくだって読みたい)。

 この小説は発刊前から、不思議な縁でぼくを素晴らしい女性たちと引きあわせてくれました。

 この原稿がまだ途中だったときに、小手鞠るいさんの「アップルソング」を拝読する機会を得まして(小手鞠さんは「ぼくらは夜にしか会わなかった」の文庫にすばらしい解説を書いて下さってます)、こちらもにマリちゃん(茉莉江)が登場するのですが、ふたりのマリちゃんが双子のように似ていることに、ぼくは腰を抜かすほど驚きました。


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 真利子は、本文では「西の方の生まれ」となっていますが、それはぼくの義母の生まれた広島のことです。そして茉莉江は岡山出身(隣の県同士)。どちらも幼いときに空襲に遭い、家族を失います(時期は、おそらく一月半違い)

 真利子は母とともに叔父の家に身を寄せ、茉莉江はいとことともに叔父たちが暮らす家へ引き取られます。
 真利子は肩に空襲で負ったイチジクの葉の形の火傷あとがあり、茉莉江もやはり、空襲で負った火傷のあとが頬から首筋にかけて残っています。

 しかも、ふたりは絵を描くことが上手で大好き。
 こちらのカップルは「マリちゃん」「カンちゃん」、「アップルソング」のふたりは「マリちゃん」「レンちゃん」とたがいを呼び合ってます。二組で違うのは「カとレ」だけ。

 きっと、数ヶ月間は執筆時間が重なっていたはずですから、小手鞠さんの頭の中とこちらの頭の中で、ふたりのマリちゃんが同時にしゃべったり笑ったりしていたはず。
 こういうのを、共時性っていうんでしょうか。
 
 慌てて、そのむねを小手鞠さんにお伝えしたら、この「出来すぎた偶然」の報告を快く受け取って下さって、まずはほっとしました。いまはこの「「アップルソング」「壊れた自転車でぼくはゆく」の双子小説を機に、ふたりでなにかが出来たらいいね、と言い合っています(小手鞠さん、感謝!)

 この事実を知った書店さんも、「一緒に並べよう」とおっしゃって下さるところもあり、なんとも不思議な展開になってきました。ぼくは昔から、こういったディケンズ的な「よく出来た偶然」にちょくちょく出会います。

 これを物語にしたらおもしろいでしょうね。海を挟んだふたつの国で、ふたりの作家が、よく似たヒロインの話を同時に書いていて、それぞれの物語が、有機的に絡み合い、それが徐々に現実世界を浸食し、ふたりの作家の運命を変えていく... 

 なんか、やっぱり小説っぽい。


 そして、表紙の絵を描いて下さった根本さんとの出会いがあります。

 原画のファイルを送っていただいたとき、見てすぐにもう涙が止まらなくなって。なぜなら、そこには、時という奥行きがあって、手前から奥に向かって、ふたりの人生の足跡が、それこそまるで美しい輝石のように散りばめられていたから。蜃気楼のように彼方に浮かぶ海辺の遊園地。そこに向かって手を取り合い歩いて行くふたり。この色、この手触り、空気感、すべてがぼくの思いをそのまま映しているように感じられて、胸が詰まりました。

 本文を読み終わってから、また表紙を(帯も外して、見開きにして)ゆっくり見ていただくと、ぼくの感動のわけがよくご理解いただけると思います。
 そのときからすぐに、、原画のファイルを壁紙にして、ずっと毎日眺めてます。この世界にゆきたい、と願いながら。根本さん、感謝です。

 そう、しかも、お忙しい中、わざわざ我が家までいらして、直接ぼくにこの小説の感想を伝えて下さった。
 すごく勇気づけられました。もしかしたら世に出せないかもしれない、と一度は思った小説でしたから、すごく不安だったので。

 さらには、ずうずうしくもこの小説のトークショーにまで出演をお願いして、またまたお世話になってしまいます。
 ほんとに、この小説は、女性の方たちに後押しされて、進んでいく感じがしてます。

 そして、根本さんが来て下さった翌日に、ぼくは「優しさの回路」を描くことを決めます。ここにも、小説を描くきっかけとなったイラストを寄せてくれた西村舞さんと、根本さんとに、すごく不思議な共時性が存在してます。

  不思議な縁尽くしの小説ですが、まだまだこの先も、この本がいろんな出会いをもたらしてくれるのではないかと、そんな予感がしています。

 

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