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 ゆく夏を惜しみつつ(あんまり惜しくもないけど)、近所のどことなく夏っぽい風景。

 メルマガのエッセイにも書いたんだけど、どうも最近、自分の人生が「仕組まれている」って感じることが多い。「よくできた偶然」とか「ご都合主義の展開」とかを、あまりためらわずに使ってしまう作家(ぼくもそうですが)の小説の主人公になったよう。まあ、いいんですけどね。「たまたま」一冊だけ(ほんとは二冊)「Separation」を送った編集者が、二十年ぶりに大きく記録を塗り替えることになった本のすごく近くにいる人だったってこともそうです。
 「世界の中心で、愛を叫ぶ」の中には、「次はこれ!」ってことで「いまあい」のチラシを挟んでもらっているのですが、これが他の誰でもないこのぼくの小説の宣伝だってことが、「出来すぎ」の感じがするでしょ? もちろん、そう感じるのは当事者であるこのぼくだけだとは思いますが。
 「誰か」が仕組んだことだとしても、そいつは、ちょっとやりすぎたって気がします。ちょっとほころびかけている。「おいおい」って言いたくなってしまう。

 だもんで、そろそろ調整局面にはいるような気がしているのですが。
 妻も同じ意見です。「どこかおかしい」って。
 たとえば、これを「必然」だって思える裏付けがあれば、べつにこんなふうには考えないのですが、ぼくはそんなもの持ってないですからね。ぼくの書くものは、とても小さな世界で、ぼくが興味ある世界というのは、せいぜいが半径5mぐらいなものです。ぼくと妻と子供と、あと少々。それ以外には興味ない。だから、描く小説も、そのこと以外はあんまりでてこない。登場人物のほとんどがぼくの分身ですし、人物を「造形」しようなどともあんまり考えていません。必然的にワンパターンになるのですが、それでいいと思っていますし。

 「まずは10冊は書いてみる」っていうのは、ずっとぼくが編集者の方たちに言ってきた言葉です。なんかそれ以上は繰り返しになってしまう気がするんですよね。もともとほんの小さな引き出ししか持っていないから。
 そのうちの四冊目がまもなく出ます。

 

 

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