福祉ネットワーク「Diversity 発達障害」

福祉ネットワーク「Diversity 発達障害」

去年出演した番組です。一ヶ月間だけ動画が公開されます。興味のある方はご覧になってみて下さい。

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 前回、書いている途中で調子が悪くなったものですから、今回はその続きから。

 ここ五年ぐらいになって、ようやく自分が何者なのか、この不具合がどのような原因から来るのかを知ったわけですが、それまではずっと、自分をただ「病人」とだけ思ってました。もう三十年ですから、その認識が大きく変わることはありません。なんであろうと、問題はこの「具合の悪さ」ですから。
 
 ただ、対処の方法というのは、自分を知ることによって見つけやすくなった。
 なにが起きているのか?

 生まれつき前頭葉の働きがひとより弱いために、脳にブレーキが利かず、神経が著しく活性化している。
  もうそのひと言に尽きます。様々な症状は、それがどこに出るかによって違って見えるだけで、根っ子はつねに一緒。

 神経が極度に活性化していると起こること。

 感覚が過敏になる。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、さらには気温、気圧、湿度、化学物質、電磁波、血中の炭酸ガスや乳酸の濃度、あらゆるものに、大袈裟に反応してしまう。

 感情も大袈裟になる。歓喜、悲しみ、不安―――ただ、ぼくは怒りの感情だけが自覚するレベルまで高まらないので、それがひとと違うところかもしれません。

 精神科の先生からは、前頭葉の働きが弱いひとの中でも、またいくつものサブカテゴリーがあって、あなたはそのうちの「生まれながらの民主主義者」と呼ばれるグループだと言われました。度を超えてナイーブで協調的、争いを極端に嫌い、怒りよりも悲しみに流れやすい。論理ではなく直感、視覚が発達している。

 まあ、とにかくありえないぐらいナイーブなわけです。主義ではなく、本能的に無抵抗。攻められたら、ぼくにできるのは逃げることだけです。そういう生物なんですね。

 自分に向けられたものでなくても、悪意、独善、不寛容を目にしただけで、胸が悪くなるほどの不安を覚える。パニックに陥ってしまう。

 この辺は、極度に活性化した神経が防衛本能みたいなものに作用しているんだと思います。
 アーヴィングが事故や不寛容を病的なほど恐れていたり、ティム・オブライエンが核戦争を恐れるのと似ています。オブセッションは小説を描く大きな動機になる。

 先日、中学時代親しかった友人と数十年ぶりに話をしたのですが、彼もぼくと同様、誰かが誰かを否定しているのを見ているだけでもうたまらなくなって逃げ出してしまう、と言っていました。それが創作物であっても同じだと。これもぼくと一緒です。だから親しくなれたんでしょうね。他の仲良かった友人も、みな利他的で、寛容で、ひとの悪口を言わない優しい少年たちばかりでしたし。むしろいじめられる側だった。

 また、脳の興奮は、潜在意識、記憶、夢といったものを現実と同じ比重にしてしまいます。
 前述の友人でも、ぼくはずっと彼とある場所へふたりでサイクリングに行ったことを夢だとばかり思っていたのですが、それを言ったら、「本当のことだよ。ふたりで行っただろ?」と言われ、かなり驚きました。

 逆に想像していたことを現実の記憶と勘違いすることもあるので、ぼくにとって記憶はけっこういいかげんなものだという思いがあります。

 脳の興奮は不眠に繋がります。ぼくは生まれたときからずっと不眠症ですが、それが「眠り」をぼくの中で特別で、ひどく神秘的なものにしているのかもしれません。
 
 潜在意識は、ぼくにとっては創作の基本です。ここと繋がらずに小説を書くことはできない。
 繰り返し書いていますが、「あらかじめ夢を見ることによってひとは自分の精神の平衡を保っている」のだとすれば、潜在意識を通じて小説を書くことが、治癒効果をもたらすのだという話にも理由がつきます。

 よく思うのはフロイトの自由連想法ですね。あれに近いんじゃないかと。前の言葉が次の言葉を引き出す。そうやって抑制が解かれた状態でテキストを綴っていくと、結局は夢を見たのと同じことになる。

 こうやって描かれたものは、おおむね夢のような手触りになる。テーマとかモチーフは関係ありません。
 なにげない日常の生活でさえも、読み手はそこになにか不思議な手触りを感じる。

 おそらくは読み手の神経の活性度と、読んでいるときの印象は関係している。
 活性度が高いほど、テキストに反応して潜在意識が顕在化してくる。共鳴ですね。
 「なんだかわからないけど」とか「うまく言えなくてもどかしいんだけど」とかいう感想を寄せて下さる方なんかは特にそうかも。だって言語化できないのが潜在意識ですから。 論理ではなく直感です。前頭葉ではなく側頭葉的。

 そして、死に対する感受性。自分や愛するものに対する死の不安。これも例の行きすぎた防衛本能と関連してそう。極度の内気さや奥手もぜんぶそうですね。

 けっこうこの濃度がひとの言動を大きく左右しているかもしれない。
 ぼくがこういった不安をそのまま小説に書くのは、上記の「自由連想法による抑制の解放」と繋がっていそうですね。無意識のまま書いているんだけど、気付くとこんな話ばっかり。

 初めの頃は、「命に関わるから中絶しろと言われたのに、無理してぼくを生んだばかりに心身を壊し、そのためにつねに死を口にしていた母をずっと支えながら生きてきたから」と言っていたのですが、もっとこの不安は根深いような気がします。生まれる前からこの不安は決まっていた。

 行きすぎた死への感受性。閉所恐怖、乗り物恐怖、潔癖症なんかも、その影響を感じます。ぼくは生モノが苦手で、完全に火を通したモノしかなかなか食べないんだけど、これも本能的に感染を遠ざけようとしているんでしょうね。よく知らないひとに触れられるのが苦手なのもきっとそうだし、ちょっとした匂いにすぐパニックに陥るのもそう。

 あきらかにひととは違うんだけど、だからこそぼくは作家になれたのだろうし(勉強はまったくできませんでしたから)、これらすべてのことを書くために自分はいるんだろうとも思っています。

 度を超えたナイーブさというある種の狂気を描くこと。とことん誠実に、じっと耳を澄ませ、自分のうちなる声を掬い取り、物語にする。それ以外のことはやろうとしてもできないし、それなら他の作家さんたちがすでにちゃんとやっている。

 いつもいう多様性、相対性ですね。それはきっと小説の世界でも同じはず。
 (まあ実際にはそうでもなかったんでびっくりしましたが。お師匠さんは「それを父権主義と言って、センチメンタルでナイーブな作家ははるか昔から攻撃されてきたんだ」と言ってました)

  
 こんなことを書いてきたのは、ちょっと精神的に不安定になっていて、こうやって書くことで、これもまた治癒効果になるのかな、と思ったりしたからです。

 体調の悪さがピークに達し、奥さんにずっと背中をさすり続けてもらっていたんですが、そしたらあるとき、痛みがすっとなくなって、それはそれで良かったんですが、こんどは心が不安定になってしまった。

 理由はいくつか考えられます。
 ひとつは、けっこう精神医学の世界ではよく言われていることなんだけど「心が強い人間は身体に出る。身体が強い人間は心に出る」っていうのがあって、けっきょくのところどちらかの選択でしかないという考え。

 十一月には月間500kmぐらいは歩いたので、それがなにか作用しているように思います。
 走るのと違い、歩くのはなにか「地力」のようなものを育む気がします。しぶとく、粘り強くなる。

 つまり「身体が強く」なった。
 
 けれど、一方でまた痩せましたから、感受性はさらに高まってしまった。ほとんど神経が剥き出しの状態(鍼灸の先生には、ここまで腰の肉が削げて、それで大丈夫なの? って訊かれるし、奥さんからは、ここまで仙骨の形がはっきり分かるひと初めて見た、とも言われました。けっこう食べてるんですけどねえ)。

 まあ、けっきょくそれが心に来てしまった。
 それでも昨日辺りから、かなり楽になってきたので、今日はこれを書いています。
 どうなるか分からないけど、とりあえず歩き続けようとは思っています。行き着くところまで行ってみる。
 でも、ほんと不思議なんですよね。心が楽になると、また背中や胃が痛くなる。すごいなあ、と思います。
 ある意味律儀というか。少しぐらい手を抜いてくれたっていいのに。

 後天的な病気と違い、これは生来の体質なので難しいのは分かっていますが、自助努力、創意工夫で、サバイブしていく。天は自ら助くる者を助く、とも言いますし。それに嘆いてばかりいずに、自分から動いていくと、その先々で、いろんなひとたちから助けの手を差し伸べてもらえるんですね。ぼくの場合は奥さんがその一番のひとだし、それ以外にも、すごく頼りになる人達がいっぱいいる。感謝、感謝です。
 
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近況

 日ごとに体調が悪くなっていきます。おそらくは気温の低下と関係があるのかと。
 深夜から明け方にかけてがとくに症状が強く出ます。激しい発汗と悪寒の繰り返し。腹痛と吐き気、気持ち悪さ、頭の痛み、そして悪夢。
 
 世界終末の夢をよく見ます。子供の頃から見続けているのだけど、最近は頻度が高くなり、多いときは夢の半分が終末の夢。

 昨晩は海一面が生物の死骸でピンク色に染まり、そこに濃紺の空から雷が幾筋も落ち、やがて陸に落ちた雷から火災がおこり、辺り一面が炎に包まれる、という夢を見ました。

 この天変地異の夢はほんとに多い。赤く燃えた巨大な隕石が雨のように降ってくるという夢も定番。

 終末小説を書こうと思っています。これも無意識の要請なんでしょう。小説は夢。無意識の鏡像。

 ぼくは関節が柔らかく、手の親指が九十度反ります。そのままもう一方の手で親指の先端を押していくと、前腕についてしまうくらい。子供の頃は中指でも同様のことができたんですが、いま試したらちょっと届かなかった。

 また骨がとても細い。手首まわりが14.5cmですから男性としてはかなり華奢ですね。

 診てもらっている先生にこのことを話し、これは東洋医学的に見て、どんな意味を持つんですか? と訊いたら、あなたは水なのだ、と言われました。

 骨が細く腱が柔らかい。つまり、ぼくの身体はソリッドでないのだと。普通の人が個体なら、ぼくの身体は液体により近い。筋肉も脂肪もないですから。ぼくの場合、肉体に占める脳を含めた臓器の割合がすごく高い。

 水気たっぷりの袋ですね。それが幾つもつならっているのを薄い皮で包んでいる。

 そうすると波動を受けやすい。水ですから。
 気温や気圧、音や光を含めた電磁波、さらには人間の感情、敵意や悪意、それらに強く反応してしまう。

 痛むほどに感じる。ナイーブにもほどがある。五十近い男性が、なんにでも容易く感じ、涙を流してばかりいる。

 このように生まれ落ちてしまったのだから、それを受け入れ、そのように生きていくしかない。

 ひじょうに不便で面倒臭いことばかりですが、仕方ないです。

 ぼくは自分のことを「病人」だと、ずっと認識していました。神経の病気。心身症。体質的にそうなりやすい。
 
 


 


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追想発作

 「ぼくらは夜にしか会わなかった」オフィシャルサイト

 http://www.shodensha.co.jp/bokuyoru/

 過去最高レベルの頻度で追想発作が起きています。理由もなくパニック発作に襲われることもあるので、脳の興奮がかなり高くなっているんでしょう。おそらくは体重が減ったことと関係がある。ジョブズの自伝読んでたら、脂肪が癌の痛みを緩和する、みたいな記述があったので(ジョブズは脂肪がないので痛みがひどい)、脂肪というのは感覚を鈍くする作用を持つのかもしれない。

 夜眠れないので日中一時間ほど昼寝するのですが、昨日は起きてすぐに歩きにでたために、なんだかとても奇妙な感じに。半分眠りながら現実の世界を歩くと、すべてが夢の中の出来事のように感じられる。薄曇りの天気も影響していたように思う。

 気付くと、ここ何十年も近付いたことのなかった場所に。中学の頃、夏休みの宿題で川面に浮かぶ小舟を描いたことがあったのですが、まさにその同じ場所に当時のまま小舟が舫われてあって、一瞬ですが、自分が時間を遡ったかのような感覚に陥りました。あの頃でさえ、すでに朽ちかけた小舟が、なぜいまもまだここに? 

 おそらくは、これがきっかけで、一気に追想発作の頻度が高まったのではないかと思います。脳の機能のなにかを解放してしまった。

 幾つもの条件が重なった。

 夢は記憶を種につくられる物語。追想と似ているけど、抑制が解かれている分、無意識を強く映します。
 無意識の世界は混沌としています。人間の原型が見る世界。

 すべての境が曖昧になる。彼岸と此岸、我と彼、我と世界、過去といま。

 「voice」は「我と彼」が曖昧になった物語。自己と愛する対象がとけ合う感覚。
 「separation」は時の流れが曖昧になった物語。
 「いま、会いにゆきます」は彼岸と此岸。「恋愛寫真」もやっぱり時の流れ。生体時間。
 「そのときは彼によろしく」も彼岸と此岸、夢とうつつが曖昧になった物語。

 夢の中でなら、ぼくらはもうここにいないひとたちと会うことが出来る。失われた過去に戻ることも、かなわなかった恋をもう一度繰り返すことも。

 物質主義的な生き方ではけっして知ることのない世界です。
 みんなこんな世界があることを忘れかけている。

 別に夢でなくてもいい。
 たとえば黄昏どき。脳の機能が切り替わる瞬間、なにかに触れた気持ちになる。逢魔が時とも言いますが、もうこの世界にはいない誰かの気配をすぐ近くに感じる。過去の懐かしい思い出が蘇り、思わず涙が溢れてくる。

 夜もそう。
 誰もいない闇の中にひとり立ち星や月を見上げていると、なにか不思議な感覚がそっと寄り添ってくるのが分かる。

 黄昏を味わう。夜を味わう。
 そうすると、物質社会の向こうにある豊饒な美に触れることができる。

 奥さんとふたり誰もいない広大な田園地帯を歩きながら、月を縁取る雲の色の移ろいに思わず見入ってしまう。
 昨晩、彼女が言いました。
 「他のひとたちは、なにを楽しんでるのかしらね?」
 「わからない。カラオケ? フェイスブック?」
 「こんなに素敵なことがあるのに」
 「おれたちがおかしいんだよ。ふつうのひとはこれを楽しいとは思わない」 

 でも、ほんの百年昔はみんなこういうふうに自然を楽しむ、自然を嗜む生き方をしていたはず。

 自分の中の原始的な衝動。森の中に身を置きたいとか、清明な水に触れたいとか、野山を駆け回りたいとか、そういった衝動には、他のなにものにも代え難い悦びがあります。

 それを捨て去って得たものは。

 無意識世界と決別し、世界の表層を漂いながら、つねに満たされぬ思いを抱く。

 たとえば、走ると、眠っていた遺伝子が目覚め、ものすごくたくさんの酵素が分泌される。身体を強くする酵素ですね。粗食も同じ。長寿遺伝子が目覚め、300種類? の酵素が分泌される。

 でも、逆から見れば、昔はみんないまよりもよほどよく歩き走り、いまほどは大食いもせず、この遺伝子が働くことは当たり前だった。 これが普通だった時代がある。

 いまは、それをすべてオフにした時代。肉体的にも精神的にも、いくつもの機能を停止させ、それを進歩した道具や医療で補いながら生きている。

 それに見合った文化が育ちつつある。
 
 そこにうまく馴染めないひと。 あるいは、なにか小さな違和感、兆しのようなものを感じているひとたち。

 喧噪から離れ、鳥の声や木々のざわめきしか聞こえない場所で、黄昏を味わってみる。
 そこでなにかを感じたら、それがぼくの小説の目指しているものです。

 宵闇や黄昏、田園を吹き抜ける風、そういったものが醸す感情を言葉で呼び起こしたい。
 夢の手触りを持つ小説。
 
 「ぼくらは夜にしか会わなかった」は、それを一層強く感じながら書いた小説集です。


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「装丁」

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「Contigo para sempre」 Portugal

 「ぼくらは夜にしか会わなかった」の装丁の評判がすごくいいです。ぼくは装丁に恵まれた作家なんでしょうね。
 上の表紙のデザインもすごくいい。ぼくの心象風景そのままといった感じで。伝えたいのは「思い」よりもこの「手触り」。たぶん、読んだひとがいままでに一度も感じたことのない感覚。だから言葉にはできない。なんだか分からないけど、ある気持ちになり、それがずっと続く。それこそが実はぼくがいつも感じているものです。それを体験してもらいたい。

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もろもろ、なんやかや

 発売予定日は、すごく静かに過ごしました。ここのところ原稿もいっさい書いていないので、ほんとに静かに。

 とにかく夏から秋、そして冬に向かう移行期は体調が乱れやすいので、それを抑えることに専心しています。 

 季節が変わりはじめた頃、大きな発作が来て、そこからちょっと臆病になっている感じです。真夜中にかつてないほどの激しい突発性頻脈の発作に襲われ、すわハートアタック!? と思い、一瞬死を覚悟しました。
 その前から不整脈は続いていたので、危ないかな? とは思っていたのですが、やっぱり来てしまいました。
 長く続くと気を失うこともあるので、こういったときのために枕元に置いてある冷水を一気飲みして、そこから徐々に落ち着く方向に。母親がこれでなんども救急車を呼んでいるので、そうなるかなあ、と思ったのですが、なんとかそこまで行くことなく朝を迎えることができました。

 
 まあ、これだけでなく、脳の興奮がもたらす症状が一気に出始めていたので、新たな作戦に踏み切りました。

 まずはマグネシウムの摂取量を増やす。
 大雑把に言って、カルシウムはアクセル、マグネシウムはブレーキとして働くので、ぼくのような暴走しやすい人間はマグネシウムをいっぱいとるべきなんだろうと。
 サプリでもいいんだけど、ぼくは食事で摂りたかったので、アオサとむきゴマを積極的に摂取。
 できれば一日に500mg摂りたい。どこかの研究で、そのぐらい摂ったら子供が落ち着いたとか書かれてあったので。
 ゴマはたしかにマグネシウムたっぷりなんだけど、皮にカルシウムもたっぷり含まれているので、ぼくにはアクセルはもう充分足りているから、それでむきゴマという選択。そうとう食べてます。なんにでもかける。

 美味しいですしね。

 あと、半身浴。これも昔からやっていたんだけど、けっこう適当だったので、今回はお湯の温度、量、時間を厳密にして。
 ネットで調べるといろいろ出ていたのでそれに従う形で毎日。古い別マ系の少女マンガを読みながら。

 あとやっぱり一番効果を期待しているのは「徘徊」です。
 走ると不整脈が出るので、ゆるゆると家のまわりを徘徊する。いまは仕事をしていないので一日中。
 いよいよまずい、となったら日に二十キロ歩くつもりです、と前にも書いたけど、いまがまさしくそんな感じなので、おおむね毎日二十キロ弱。ふらふらよたよた、散歩している老人に抜かれたりしながら。

 問題は急激に体重が減ってきたこと。毎日二十キロのウォーキングはさすがに来ます。とくに食べる量が増えるわけでもないので。むしろ徘徊効果なのか、頭の熱がどうにか胃腸の辺りまでさがってきたので、耳鳴り、目眩が和らいだかわりに、またふたたび胃痛が。なので実際には食べる量は減っています。

 これはもう、自己との勝負。どっちが勝つか。なんとかこれで秋を乗り切れば、安定期に入り、もう少し落ち着くと思うのですが。

 こんなことやってると、あたまはそれこそ秋空のごとく澄み切ってきます。これはぼくだけでなく誰にでも有効なこと。現代人は五感がそうとうに鈍っているから、ちょっとでも感受性を上げれば、それだけでもうひとり抜け出た状態になれるはず。見通しいいですよ。

 
 
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 これはイタリア版の「そのときは彼によろしく」
 これも今月発売。本が出るのは嬉しいです。
 
 思えば、小説をウェブで全文公開するのは、もう十年ぶりぐらい? 原点に立ち帰ったような気もします。
 「door into」に、「VOICE」を載せて、いろんな方たちから応援されて。体力があれば、仕事とは別に、また小説を書いてウェブで公開ということもできるんでしょうけど、その仕事さえ覚束ない状態が続いているので、今回、こういった形で載せられたのはほんと嬉しいです。

 ここから始まって、はるか西の国まで。ちょっと不思議な気持ちになるときもあります。
 
 
 

 

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「ぼくらは夜にしか会わなかった」今日発売日

 いちおう、公式の発売予定日は今日になってます。ただ、もう二日前ぐらいから書店にちらほら置かれているという報告も受けています。

 十四ヶ月ぶりの新刊ですから、ぼくにとっても大きな出来事です。なので、編集のひととも相談しながら、今回は公式サイトづくりに、かなりかかわってきました。

  「ぼくらは夜にしか会わなかった」公式サイト

 今回のサイトづくりにあたって一番強くお願いしたのは、短編一篇の全文公開をしたいということでした。
 祥伝社さんが、それを快く承諾して下さって 「白い家」全28ページを公開することができました。

 様々な状況で本を買うことができない方がいらっしゃるでしょうし、すべての書店さんにこの本が置かれるわけでもありません。なので、ここにくれば六篇のうちの一篇でも、とにかく読むことができる。そういうふうにしたかったんですね。
 また、プロの女性の方に朗読をお願いして「花の呟き」の十八章のうちの三章を公開しています。本を買わなくても、ここにくれば、ぼくが描いた世界をかなり感じ取ることができるようになっているはずです。

 せっかく書いたのですから、まずは多くのひとに読んでもらいたい。それと、これだけのものを読めば、この本との相性が良いかどうか、その判断もつきやすいはずです。購入するときの判断材料として、ここを利用していただければと思います。

 さらに欲張ったのが映像と音楽です。もともとぼくがこの「モノローグ」で公開していた映像や音楽を素材として、各短編の「イメージビデオ」をつくっていただきました。随時公開されるはずです(朗読のBGMはここでは公開していなかったものです。ケルト的な旋律です)。

 言葉を尽くすよりも、数秒の映像、ほんの小さな旋律が、「思い」を強烈に表すことができるときもあります。
 それをここで試したかった。

 本とこのサイト、ふたつが補完し合って、ひとつの世界を形づくる。新しい試みですが、ぼくみたいな人間にはすごく合っている表現方法のような気もしています。

 ちなみに書店さんに置かれているポップにぼくが書いた赤道儀室のイラストが載っているらしいです。まだ直接見たわけではないので確かではないのですが。

 ということで、今回は、かなり力を入れて発刊に立ち会ってます。
 
 

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新刊 「ぼくらは夜にしか会わなかった」 祥伝社

 Bokura

 オフィシャルサイト
 http://www.shodensha.co.jp/bokuyoru/


一年二ヶ月ぶりの新刊です。10月の27日発売予定となっています。
祥伝社の「Feel Love」に書いてきた短編が五本と、百五十枚を超える中編一本からなる一冊です。

 「白い家」「スワンボートのシンドバッド」「ぼくらは夜にしか会わなかった(「赤道儀室の幽霊」改題)」
 「花の呟き」「夜の燕(「I'm Coming Home」改題)」

 そして書き下ろし「いまひとたび、あの微笑みに」

 これはちょっと前、ここでもとりあげた「ワスレナグサ」という掌編を長くしたものです。
 「そのときは彼によろしく」にも書いた「長い長い眠り」に就くことが定めの子供たちが、ひとつの施設に寄り添って暮らしている、その二年間の記録です。ヒロイン眞理枝。その一番の親友、弘海。彼は少年なんだけど、まるで少女のような風貌で、自分でも「ぼくは男でも女でもないんだ」と言っています。そして眞理枝が恋をする相手の少年、幸哉。みな十五歳から十七歳ぐらいの年齢です。彼らを親や兄のように慕う年少者たちもいます。彼らはひとつの家族のようにして暮らしています。

 彼らが暮らしていた時代から二十年後に、眞理枝がしたためた手記が見つかり、それが物語の中心となります。
 追憶、郷愁、夢、幻想、そういったぼくがこれまで書いてきたモチーフがここにすべて凝縮されています。
 舞台となるのは古い洋館で、施設のまわりには天文台、植物園、修道院、民間飛行場があります。
 彼らはそこで恋をし、別れを経験していきます。

 眠れぬ子供たちへの読み聞かせ、賛美歌の合唱、熱を出した夜に付き添い身体をさすってくれる仲間、別れの日の儀式、きらびやかな夜のパーティー、「ガラスの動物園」「大いなる遺産」、ビートルズの「ガール」―――

 「世界中が雨だったら」で書いた、「どこへ逃げれば?」という問いかけの答えがここにあります。
 眞理枝は施設を「世界の涯に置かれた最後の避難所」と呼んでいます。あまりにも感じやすい心を抱えて、このがさつで我欲に満ちた世界でうまく生きていくことができない子供たち。
 書いているあいだは、ぼくもここで暮らしていました。そしていまも読み返すことによって、この場所に立ち帰ります。ぼくにとってかけがえのない場所となりました。きっと何度も何度も読み返すんだろうな、ってそう感じています。

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翻訳本2

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 「いま、会いにゆきます」  オランダ 「BIJ JOU ZIJN」

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 「いま、会いにゆきます」 イタリア 「Quando cadrà la pioggia tornerò」


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 同上

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 「いま、会いにゆきます」 北米 「Be With You」 takuji Ichikawa

これは以前載せたかも...

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翻訳本

 体調報告ばかりではあれなので、仕事の方も。とは言ってももう一年本が出ていないので、海外での出版。比較的最近のものを(記憶曖昧ですが)。


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「ぼくの手はきみのために」 台湾 「我的手是為了妳存在」


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「いま、会いにゆきます」 イタリア 「Quando cadrà la pioggia tornerò」


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「いま、会いにゆきます」 ポルトガル 「 Sayonara, Mio 」


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「Separation」 中国 「伤离别」

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「恋愛寫真」 韓国 「연애사진」

 どこも、デザイン綺麗ですね。こう見ていると、極東の国で生まれて、大陸に渡って、「地果てる国」まで流れていったっていう感じがちゃんとわかる。ありがたいことです。


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近況

Tac10

 台風が来るまではけっこう上り調子で、原稿にも手を付けていたのですが、低気圧と気温低下で、また一気にやられていまいました。なんにしも安定感がないんですね、ちょっとしたことで大きく傾いてしまう。
 胃を激しくやられ、また痩せてしまいました。夜になると眼窩の奥に眼球が入り込んで、えらくやつれ顔になってしまう。
 胃を下にして眠れないので、つい「エレファントマン」のことを考えてしまいます。不便だなあって。

 好きなように眠れて、とりあえずなにを食べても体調を壊さず、不安を感じることもなく電車やバスに乗れて、いまのところ体のどこにも痛みや苦しみがない―――じっと蹲って動けなくなるほどの―――であれば、けっこう実は幸せなんですけどね。そのことをみんな忘れがちですが。
 むかし誰かのエッセイで目にしたんですが(五木寛之氏だったか野坂昭如氏だったか)、貧乏っていうのはその家に病人がいて初めて言うんだ、っていうのがあって、ほんとそうだと感じます。健康であれば、かなりの状況において、けっこう大丈夫だったりする。三十年も病人やってると、しみじみ思います。

 うちの奥さんのまわりには気温が高いほうが体調がいいって人間ばかりが集まってきます。陰と陽。
 なので、ここ数日の比較的涼しい日に、みんなそろってダウン。この一律な感じがすごいです。どんだけ似た人間が彼女に引きよせられているのか。
 みんな体温が高く、はしかに掛かったことがない。風邪やインフルエンザとも無縁。なんだけど自律神経が...
 気温が35度ぐらいになると、相対的にぼくらもそれほどしゃにむになって体温を上げる必要がなくなってくる。筋肉を緊張させ、肝臓をフル回転させ、そうやって体温をつくっているんだけど、それから少し解放される。なので楽になる。そんな気がするんですが。

 先生からは暑さに弱いはずだって言われます。肌が異常に白く、骨から痩せている。これは寒冷地仕様なんですね。強い太陽光とは無縁で、体積と表面積の割合から言って、放熱効果が低い体型。

 なんだけど、髪は中近東系のくるくるパーマだし、猫舌で、熱い風呂も大嫌い。完全に両極端なタイプがひとりの中に共存している。こう、遺伝子がコーヒーとクリームのようにとけ合うのではなく、かなり大ぶりなモザイク模様になっている感じ。存在自体が矛盾している。なので、いい感じの時がなかなか訪れない。

 なんか究極の方法があるんではないのか? っていつも考えます。左薬指を三回左回りに回したら、すべての不調が消えちゃったとか、そんな感じの。


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言葉2

「そのときは彼によろしく」
 智司と鈴音の会話

「思い出、記憶、そういったものがいっぱい残っているでしょ?」
「はい、残ってます」

                *

「その記憶があの場所を形作っているんだと思う」

                *

「でも、どうしてそんな世界があるんだろう?」
「さあ」と彼女は首を傾げた。
「それは私にも分からない。でも、夢とすごく似ている場所だから、結局はみんなの心がつくりだしたものなんじゃないのかしら?」
 鈴音は両手を広げ、天を仰ぎ見ながら言った。
「『かくのごとき夢あれかし』って」
 そして、嬉しそうに微笑む。
「ねえ、それって、とてもすてきな夢だと思わない? すべてのひとたちがみんなそこで繋がっているのよ。私たちも、そしてかつてこの街に暮らしていたひとたちも、みんな」
 ぼくらはばらばらではなくみんな繋がっている。誰もが誰かと誰かの触媒であり、世の中は様々な化学反応に満ちている。
 つまりは、そういうことなのだろうか?
 誰かを愛し、たとえその誰かを失ったあとでも、悲しみとともにその面影を忘れまいと思うこと。悲しみが深いほど、その記憶は強くぼくらの心に刻まれ鮮明に残る。
 だとしたら、彼らを忘れてはならない。彼らがそこにいたこと。愛し、愛され、微笑みを交わし合っていたこと。そのすべてに意味があるはずなのだから。
「なぜ、私たちがこれほどまでに思い出に魅せられているのか、そのわけが分かるような気がするでしょ?」
 彼女の言葉にぼくは頷いた。
 ぼくらはどうしてこうも過去へと向かおうとするのだろう―――
 いつか、花梨も言っていた。これは人に備わった本能なのだと。そう、人は振り返らずにはいられない生き物なんだ。「懐かしい」と感じるのは、とりもなおさず、その「時間」を求めているのだということ。すべての瞬間を愛し、人生を慈しむ。その思いすべてが、「あの夢」をつくりあげていく。愛する者が住む世界を―――


       ***********************

 鈴音への手紙


『アイルランドの冬はどうですか? やっぱり、すごく寒いんでしょうね。風邪などひいてませんか?
 今年の冬はなんだかとくに寒いように思えます。でも、毎年ぼくはそんなふうに思っているのかもしれない。それは歳をとっていくことと、あるいは何か関係があるのかもしれません。子供の頃は―――花梨や祐司とあの町で冬を過ごしてた頃は、いまほど寒さを気にしていなかったのですから。ぼくももう40になりました。この歳で独りで暮らすということが、きっと一番の寒さの理由なのかもしれません。
 人は弱い生き物だなと、最近つくづく思います。夜中にふと目を覚ましたときに、いないとは分かっていても、ぼくは隣の花梨に向かってつい呼びかけてしまいます。『きみが恋しい』って。人には強がって見せますが、本当はあまりの寂しさにやりきれなくなるときもあるのです。人は―――少なくともぼくは、遙か先を見通す力と釣り合いがとれるほどの強さを持ち合わせてはいません。だから、つい弱音を吐いてしまいたくなる。先に続く孤独を思うとき、まるで闇に覆われた果てのない荒野を見渡してしまったような気持ちになります。星あかりはあまりに弱く、か細く、頼りないように思えます。
 それでも、なんとかやっていこうという気持ちになるのは、やっぱりあのときの鈴音さんの言葉があったからなのかもしれません。
 『かくのごとき夢あれかし』
 ぼくらがしっかりと生き、ここにはもういない人々のことをずっと思い続けることが、あの『夢』を支えているのだという事実。そのことがぼくを奮い起こさせます。そこに花梨もいるのなら、ぼくは彼女のために為すべきことをします。為すべきこととはつまり、生きることです。目を見開きすべてを見つめ、耳を澄ませてあらゆる音を聞くことです。そうすることが、あの世界に細部を与え、あの場所を確かなものにしていくのだと信じて。

 また、手紙下さい。ぼくは鈴音さんの手紙をすごく心待ちにしているのです。そして、またいつか会いましょう。『いつか』っていうのが『いつ』だか分からないのだとしても、その『いつか』に、また---

                                        智史』

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 なかなか体調が戻らず苦労してます。奥さんもひと月ほど前から体調を崩し、「どうしちゃったんだろうね? わたしたち」みたいに言って、溜息吐き合ってます。

 東洋医学では春先にストレスで肝を傷つけると尾を引くと言われています。それが最大の原因なんだろうな、とは思っています。でも、それだけなのか? と思うぐらいなにかがおかしい。五感過敏な知り合いたちも、そろって同じような状態に陥ってます。

 一昨日は、いつもの「声」が、ふだんは気にならないのに、急に気になりだし、強迫的な感覚に襲われてパニック発作を起こしてしまいました。そこから思い切りローになっていたのが、夜になって一転ハイになり、まったく眠れぬまま夜を過ごし、明け方に今度は激しい目眩に。昨日は一日横になっていたのですが、今日は少し起き上がれたので、久しぶりにモノローグを更新しようかと。

 もう、さっぱりわややです。困りましたね。漢方薬の量を変えたり、種類を変更したり、いろいろ試してはいるんですが、先に行くほど悪くなっていく。なんかもう日々冒険って感じです。

 まわりの環境が信用ならない、つねに警戒すべきである、っていうのは本当の冒険ですが、自分の体や心が信用ならない、っていうのもかなりのサスペンスなんですね。これは大丈夫か? いま動いていいのか? それともじっとしているべきか? 登山家が雪山でクレパスを警戒しながら進んでいくのにもちょっと似ている。

 ひとつひとつの選択が、その先の状況を大きく変えてしまう。もう、どきどきです。黒ひげ危機一髪みたいな。

 
 

 

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これまでの短編、掌編-2

 「さよならのかわりに」 メディア・パル 「本からはじまる物語」

 2007年の作品ですね。単行本なんだけど、これも17人のアンソロジーなので、この中にいたことを知らなかった方も多いと思って。

 孤独な中年男性が自分の人生を本に残そうとする。その出版社の女性は、彼がなにも言わなくても、触れるだけで彼の人生を読み取り、本に起こしてくれるという。生き別れた息子や、すでにいまはもういない妻との日々が蘇る...

 「ふたり流れる」 講談社 「こどものころにみた夢」
 これもアンソロジー。12人の中のひとり。
 祖父の七回忌で田舎に帰った青年が、隣の家の幼馴染みの女性を見舞って、そこで語られるふたりの「夢」の話。
 これは大好き。とりわけ好きな小説。ぼくは本当に夢の話が好きなんでしょうね。

 次は幻冬舎の「PAPYRUS」

 「恋サス」 VOL2

 女子大生が好きな男子に告白の手紙を送ったんだけど、彼が別の女性と付き合うって話を聞いて、大慌てでその手紙を回収しようとするって話。「フランクの穴」と同時期、すごくハイになっていたときの作品ですね。女性一人称が一番自分にしっくりくる文体だって気付いた頃。

 「いじっぱりのあいつ」 VOL14

 本の装丁家を目指している青年。彼のもとを訪れる幼馴染みの女性。彼女は大学で建築史を学んでいる。研究室の男性の先輩と一緒にヨーロッパにしばらく行こうと思うんだけど、と彼女は彼に切り出すが...
 これも女性一人称。万華鏡が重要なアイテム。


 「泥棒の娘」 VOL31
 男性一人称。学校一の変わり者の女の子に恋をしてしまう主人公。彼女が孤立したときに、彼はそっとメッセージのカードを送るんだけど...
 これはあとに出てくる祥伝社の「赤道儀室の幽霊」と対になっている。同じ時期に書いた、同じ主題の話。
 孤独なふたりが夜の町で出逢うっていうのも一緒。こちらは面白可笑しくて、あとで悲しいって感じ。

 「Your Song」 VOL36
 「泥棒の娘」のアンサーソングみたいな小説。あちらが男性一人称に対して、こちらは女性一人称。しかも呼びかけ形式。つまり手紙っぽい文体。あちらは中学で、こちらは高校。
 学校一の変わり者の男の子に恋をしてしまう主人公。彼女は陸上の長距離選手。彼が彼女にマラソン大会で10位に入りたいから指導してほしいって持ちかけてくる。10位に入ったら学年一可愛い女子生徒がキスしてくれるって言うから...
 まわりの評判がきわめてよく、それはきっと「恋愛寫真」とかの手触りに似ているからかも。

 次は祥伝社の「Feel Love」

  「白い家」  Vol.6

  病院で出逢った青年と恋に落ちる女性。彼は無名の作家で、森の中の一軒家に住んでいた。彼が病院で睡眠薬を処方してもらっていることにはある理由が...
 これも「夢」の話。女性一人称なんだけど、こっちは落ち着いた感じ。「吸涙鬼」的。

「スワンボートのシンドバッド」  Vol.7
 天文台が舞台。作家の妻が主人公。女性一人称。大赤道儀室で、彼女は昔の夫と出会う...
 けっこういまの自分たちに近い設定。これは珍しいこと。


「赤道儀室の幽霊」    vol.10
  男性一人称。高校が舞台。徹底して夜の場面ばかり。孤独な二人が夜の町を歩きながら、心を通わせるという話。やりきれないぐらい哀しい話なんだけど、ぼくは好きなんですね。強烈な感傷。

「 花の呟き」  vol.11
  女性一人称。植物園でスケッチをしていたホームレス風の青年をなぜか家に招いて泊めてしまい、そこから奇妙な共同生活が始まって...
 「パリ・テキサス」の冒頭の映像を思い浮かべながら書いた作品。 

「I’m coming home」 vol.12
 三人称。一部男性一人称。呼びかけ形式。
 「いま、会いにゆきます」「separation」「黄昏の谷」の系譜。それの最新版。
 この主題はずっと書き続けるんでしょうね。妻への愛と走るという行為が初めて結びついた作品。なぜいままでこれを書かなかったのかも不思議。そのぐらいぼくの存在と深く結びついている。愛と郷愁。奥さんは「日本むかしばなし」みたいと言いながら、激しく泣いてました。

 
 こう書き出してみると、あんまり仕事してませんね。まもなく十年になりますが、精力的な作家さんなら、この十倍は書いているでしょう。ぼくの場合十年のうちの六年ぐらいは、ほんとど作品を発表していませんでしたし。いまもここ数ヶ月、小説は一行も書けていないので、そのかわりにというか、思い出せるかぎり、過去の短編、掌編を書き出してみました。


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これまでの短編、掌編

 カテゴリーという機能にいま気付き、これを使って作品の情報を常時たしかめることができるようにしようと思い立ちました(気付くの遅すぎました)。

 とりあえず、みなさんが目にしにくいもの、単行本化されてないものをここに載せます。おそろしく事務能力がない人間なので、取りこぼしもあるとは思うんですが、思い出せた作品を(ぼくは仕事の記録を残していないので...)徐々に。

 古い掲載誌は図書館で探してもれえばいいんでしょうか? ぼくもちょっとその辺わからないんですが。

  「フランクの穴」 野性時代 2005年3月号
 古いですね...
 新女子大生がアパートの押し入れに穴があるのに気付き、覗いてみると、そこには同じ大学の男子学生が暮らしていて、っていう話です。


 「となりのうちの子」 野性時代 2008年12月号 
 結婚が決まった女性が、思いをまだ残している幼馴染みの青年のもとを訪れる話です。


 「きみの声」 小説現代 2005年6月号
 これも古い...
 「VOICE」と同じように、好きな女性の心の声が聞こえるようになった青年の話。でも、彼女は他の男性と付き合っていて...
  

  「ロレンツとカラス」 前編月刊PHP 2009年7月号 後編8月号
 大学時代に付き合っていた男性が体調を崩し、数年ぶりに再会した彼女は彼を自分の家に住まわせることに。才能溢れる戯曲家だった彼は、けれどあまりに破天荒な性格で、それが別れの原因だったんだけど、と言う話。


 「幸せの先触れ」 サントリー(いまはキリン) フォアローゼスのサイトに載った掌編。
 http://www.kirin.co.jp/brands/sw/fourroses/shortstory/index.html
 こちらの第4夜です。


 「深化」 sony 「浸音(ひたおと)」のサイトに載った掌編
 http://www.sony.jp/audio/community/hitaoto.html


 「そしていまも」「せめていまこの瞬間だけ」 セイコー『CREDOR NODE』のサイトに載った掌編
 これは残念ながら、もう読むことができません。2006年ですからね。作家になる前から温めていたストーリーを使った大事な作品だったので、どこかでみなさんに読んでいただけたらとは思うんですが。
 高校時代、お互い好きだったのに告白することができず、数年後同窓会で再会するふたり。級友たちがふたりを結びつけようと策略し...それを、男性目線、女性目線の両方で書いたものです。


  「ワスレナグサ」 メディアファクトリー 「忘れない。」収録

 これは文庫で出ています。作家十人のアンソロジーなので、ここに入っていることをご存じない方も多いかと思って挙げておきました。これも渾身の一作。「眠り」を待つ子供たちが暮らすサナトリウムが舞台の恋愛小説。1000枚ぐらいのプロットを20枚にぐっと凝縮。

 「壁に留めた心」 小説宝石2004年5月号
 古すぎる....
 でも、これも好きな作品。行きすぎた奥手な恋人たちの究極の婉曲語法。


 無題 「DELTA」 デルタ・グットレムのCDのブックレットに載せた掌編
 モノレールで通勤する青年が、軌道沿いのマンションに住む女性を毎日見かけるうちに恋してしまう、っていう話。

 
 


 

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言葉

前々回、小説で何かできれば、って書いたんだけど、ここに引用するっていうのもひとつの方法だと思い至りました。

 「I'm coming home」
 
 彼女の躰は、彼がずっと思い描いていたとおり儚く、少しでも力を込めれば、たやすく壊れてしまいそうだった。
 美織を守りたい、と彼は思った。生きて欲しい。
 つまるところ、この思い、遠い先の別離を予感し、それに抗おうとする心の在り様こそが、彼の、彼らの愛だった。


 「透明な軌道」
 
 ぼくらは長生きしますよ、と言って彼は笑った。
 真帆はその言葉が嬉しかった。
 愛って「生きて欲しい」って強く願うことなのかもしれない。彼女はそんなふうに思った。母親が子供を育てるのも、恋人が相手の身体を気遣うのも、愛があるから。

 
 エッセイ「きみはぼくの」あとがき
  
 幼いぼくの目から見た母はあまりに弱く、とても長くは生きられないひとのように映っていました。明日にはもういなくなるんだ。毎日そう思いながら、ぼくは息を潜めて母の姿を見守っていました。
 でも、彼女は人生を生き抜きました。すごいな、と思います。そして、母はぼくのために、こんなにがんばってくれたんだなって、そんなふうに思ったりもします。
 ぼくら母子はあまりにも特殊な結びつき方をしていたために、いまでも、ぼくは自分をうまく立て直すがことができずにいます。
 まあ、でも悲観はしていません。ぼくには奥さんも子供もいますから。彼らのために生きていく。ずっと母の背中をさすった手で、今度は奥さんの背中をさすります。
 

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お知らせ

2011年6月30日をもって@niftyビデオ共有サービスが終了してしまうようです。なので、それから先はここの動画は見られなくなるということなんだと思います。まだ始めたばかりだったんですが、仕方ないですね。その先どうするかは、またゆっくり考えます。

告知のついでに、今日発売の幻冬舎「papyrus」に中編「Your Song」が載ります。百枚以上のけっこうヴォリュームある作品です。震災前のすごく調子が良かったときに書いたもので、すでに出ている祥伝社「Feel Love」の「I'm coming home」という、これも百枚以上の中編と合わせて、いまの時期の代表作になるのではないかと感じています。どちらも「走る」ことが主題です。ぼくの基本ですね。
 「Your Song」は作中に曲が出てくるんですが、それも実は英語の歌詞で自作してここにアップするつもりだったんだけど、動画サービス中止で立ち消えに。ぼくは自分の小説にでてくるアイテムは、とりあえずつくってみる性分なので、曲自体はつくりあげますが、公開できるかどうかは未定です。

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 前回からの続き

 ぼく自身が動悸と不整脈が止まらず、それを抑える民間療法がないかネットで探している中で、多くの方たちが、やはり動悸や過呼吸の発作にここで初めて襲われて苦しんでいるということを知りました。

 パニック発作はやっかいなのはむしろ予期不安なので、すぐに心療内科やメンタルクリニックに行って治療を受ければ、予後はぐっとよくなります。繰り返さないようにすること。そうすれば治ります。ぼくは最初の発作から心療内科に行くまでに十年以上掛かってしまった。
 まあ当時は心療内科そのものがほとんどなかったですし。いまならば、対処の方法も違っていたのにと思います。

 あと不安レベルが高いときはカフェインは控えたほうがいい。完全に絶つと、それがストレスになるので、「適量」に抑えるってことですね。徐々に減らしていく。

 不安な記憶を緩和するのは幸福な記憶。不安が込みあげてきて、恐怖の瞬間を思い出しそうになったら、楽しかったときのことを思い出す。これを習慣にすると、徐々に不安な記憶が薄らいでいく。

 現地に入って被災者の方たちの治療を行ってきた白石宏トレーナーからお聞きしたんですが、ショックを受けた方たちは一様に身体が冷たくなっている。もう一ヶ月経っているのにいまだに身体が冷えている。
 白石さんが温かい手で触れるだけで、それまで眠れなかった人が、その場で眠ってしまったそうです。

 「触れる」と同時に「温もり」ですね。これが大事なんでしょう。身体を温めてあげる。不安が冷えを呼び込むし、冷えが不安を誘うとも言える。

 ぼくもずっと、手足首から先が氷のように冷たい状態が続いています。なので足は靴下に貼るタイプのカイロで一日中温め、手は家の中でも綿の手袋をはめています。

 不安、緊張は、全身の末端の毛細血管を塞いでしまう。そうやって獣の頃は外敵から襲われても出血を最小限に抑えられるようにしてきたんでしょう。前にも書いたけどフィードバックですね。手足を温めて、脳に「不安じゃないよ」というメッセージを送る。腰湯なんかもいいでしょうし、ぼくは蒸気式の足浴器で一日に何度か脚を温めるようにしています。

 自分のパートナーが、子が、親が、不安に精神状態を乱していたら、温かい手でゆっくりとさすってあげる。脚でも手でも背中でもお腹でも。大丈夫、って言いながら。あるいは楽しかった日の思い出を語りながら。
 C触覚型の神経線維というやつは、これに強く反応し、心地よいと感じて安心するんですね。もともと人間はそのようにできている。

 鍼灸師の方は患者に触れるとき、両手を猛烈に擦り合わせるんですね。摩擦熱で手を温かくする。あと血行もあるだろうけど。触れる前にこうすることで、手の温度をあげておく。

 生きているってことは、温かくて、柔らかくて、動いているということ。だから温め、滞りや凝りをほぐし、動かす。

 実際、「徘徊」はあなどれない。ぼくには一番これが効いているような気がする。ほとんど朝から晩まで、ずっと徘徊している。家族は鬱陶しいだろうけど、これのお陰で、どうにか倒れずにいるような気がします。書斎から居間、そこから玄関、キッチン、洗面所、さらに二階に上がってまた降りてくる。これをずっと続けている。

 ひとつ気付いたのは、重心を後ろに置いた方がいい。前のめりにすると目眩がひどくなる。狭いところをぐるぐる回っているので、たんに目が回っているだけかもしれないけど。踵をきちんと床に着けて、床をどんどんと鳴らすような感じで。足が痛くなるのでスリッパは履いてます。

 血圧上昇には足裏叩きが効果あるって読んだので、それからこの歩き方に。
 実際、このどんどん歩きを五分ぐらい続けると、頭の張りが軽くなる。ぼくだけかもしれないけど。
 あと腕も振る。首肩の血流を上げ、脳に血を送ってあげる。
 ふくらはぎは第二の心臓って言われているけど、徘徊することはこのポンプ作用を効果的に使うってことでもあるんですね。そうやって脳の血流を増やしてあげる。

 つい先日、夜中にひどい動悸で目が覚めたんだけど、もしや...と思って、仰向けに寝たまま、両足首を交互に、「立てる、伸ばす」ってやってみたら、意外なほど早くに動悸が治まってしまった。要は寝たまま歩いているときのふくらはぎの動きを再現してみたわけです。
 ぼくの感覚だと、動悸は心臓の一回の拍動が大きくなる感じ。つまりは脳からの指令で、心臓が血流を増やそうとしている。なので、両ふくらはぎのポンプ作用でそれを補ってあげる。すると心臓は、ならこっちは普段通りでいいや、みたいに拍動を抑えてくれる。つまりはそういうことだと思います。

 いまは、頭に冷却剤、手には手袋、腰に電子レンジ加熱式ゆたんぽ、足裏にカイロという状態で、家の中をぐるぐる歩き回る毎日。ひと頃よりも落ち着いてきて、いまは日に一万五千歩ぐらいまで落ちてきた。
 大丈夫、大丈夫、元気、元気、って言いながら。あと経文ですね。ぼくはまったくの無宗教だけど、前回書いたよように、言葉はそれ自体に力がある。ならば信心がなくても、なにか効果があるかもしれない。何千年も生き延びてきた言葉はきっとすごいんじゃないかと思いなし、良さそうなところを数行、ない頭でどうにか暗記して、それも呟いてみる。
 思いつくことは片端からやってみる。


 もう少し体調がよくなってきたら、徐々に屋外のランニングも再開しようと思っています。

 あと、それから「笑い」を忘れちゃいけない。
 高柳和江先生の笑医塾では、一日五回笑って一日五回感動しようと、提唱しています。
 ぼくは主に YouTube でおもしろ画像を見つけては笑っています。
 「funny」とか「laugh」で検索すると世界中のおもしろ画像を見ることができます。
 「laugh」の最初に出てくる「Hahaha」はなんと再生回数一億七千万回以上。これにはつい誘われて笑ってしまいます。赤ちゃんの笑いは最強ですね。

 笑いは神経のバランスを整え、免疫力を高めてくれます。
  
 ぼくは昔の言い方で「不安神経症」というやつを、もう三十年ずっと患い続けているわけです。
 ずーーーと、不安。
 「ティファニーで朝食を」のホリーではないけれど、もし名刺を作るなら「市川拓司 治療中」とでも書きたいくらい。
 いま日本中が、あるいは世界中のひとが不安に襲われて、つらい思いをしている。
 その中でも病的なほどに不安を感じているひと、その気持ちがぼくには痛いほどよく分かる。
 不安というのは「生きたい! 生きて欲しい!」と願う心の現れなんですね。こういったときには当然の反応。

 ぼくの小説は、そういうひとたちのためにもあるので、いずれ小説でなにかできればと、そんなふうにも考えています。
 


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 震災から一ヶ月経ちました。
 復旧への道はまだとば口に立ったばかり。余震も続いていますし、ひとびとの心はいまだ落ち着きを取り戻すことができずにいます。

 大きな被害を被った方たちはおそらくまだネットに繋がる環境もなく、この文章を読まれることもないでしょうから、ここでできるアドバイスは、もっと大きなエリアに向けて、ということになります。

 前回書いた触れる。
 これもしっかり科学的根拠があって、C触覚型神経繊維というやつが、ゆっくりと撫でられると直接脳の感情野に刺激が行って、心地よい、と感じるんだそうです。手当、なんて言葉もそうですよね。触れることが、心を落ち着かせてくれる。ぼくの叔母は、そうやって子供たちを治してました。風邪をひいて熱が出ても、一晩中さすってあげると、翌朝にはすっかり良くなっている。そういうこともあるんです。おそらくは免疫機能が高まるんでしょう。

 「言葉」も、いろいろな実験で効果があることが分かってきました。
 潜在意識の力は計り知れない。本人も気づかないような短い時間、ほんの一瞬、モニターに「がんばれ」という文字が出ただけで、握力がぐっと増すとか、そういった話がある。生かす言葉ですね。損なう言葉ではなく。それがこれからは大事になってくる。

 知り合いの消防士さんが、彼の管轄で自殺者が急増していて、その警戒でなかなか家にも帰れない、という話をしていました。埼玉県です。震源からこれだけ離れていても、多くの人が深く傷付いている。春はただでさえ、心が乱れる季節です。自分をいたわってあげないと。

 ご多分にもれず、ぼくもすっかりまいってしまいました。ありとあらゆる不定愁訴に襲われた。
 そんな中で、ぎりぎりまで続けたのが、例の「馬歩」歩き。というより、ほとんど徘徊ですね。
 家の中をぐるぐると歩き回る。同じ方向にまわると、すぐに目が回ってしまいますから、いろいろコースを変えながら。一番多いときで(最初の地震から三日目辺り)二万二千歩までいきました。ほとんど一日中家の中を歩き回っていた。不安をまぎらわすには、これがとてもいい。
 
 認知症の老人が徘徊するのは、前頭葉の働きが弱くなって、不安や怒りといった感情がうまく抑制できなくなり、それを無意識のうちに歩くことで解消しているのだという話もあります。

 居ても立ってもいられない、とはよく言ったもので、強い不安があるときは、座っていたり、ただ立っているだけでは解消されない、ってことなんでしょう。

 最近、たまたま読んだ雑誌に、漫画家のちばてつやさんが、一番忙しかったとき、ストレスから幻覚に襲われるようになったんだけど、ある日、編集者と汗をびっしょりかくぐらいキャッチボールをしたら、その日は幻覚が出なかった。だから、それからは精神の安定のために運動をするようにしている、という話が書かれてあって、これも同じ話だ、と感じました。

 触れる、歩く、そして言葉。
 これは準備も要らないし、お金も掛からない。まずは、このあたりから。
 
 


 

  
 
 

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 被災した方々のことを思うと、激しく胸が痛みます。
 どれほどの不安と悲しみの中にいるのか。
 触れ合うことは不安を和らげてくれる。まずは隣のひとに手を差し伸べる。そういった連鎖が国中、あるいは世界中に広がって、悲しみの総和が少しでも小さくなっていってくれればと思います。

 パニック発作を持病としている者の多くは、それぞれが自分なりの処方を持っています。
 一般的なのは数を数える。ぼくは唇で破裂音を鳴らす。おまじないみたいなものですが、それがっけこう効いてくれる。
 不安や悲しみでどうしようもなくなったときのために、自分なりの処方を決めておく。
 大丈夫、とつぶやくのもいいかもしれない。そう思えなくても、おまじないの言葉と思って言ってみる。
 自分に言い聞かせる必要はありません。言葉は言葉として、ただそこにある。けれど、自分が思っている以上に言葉は強く心に作用します。無意識の力は大きい。だからこそ気を付けなくてはいけないんだけど。ひとを損なう言葉もある。むしろいまの世の中はそんな言葉の方が多いのかもしれない。
 
 でも、せめていまだけは「生かす言葉」。ひと言口にするたびに、ほんの少しなにかが変わる。だから、繰り返せば繰り返すほど効果は上がる。
 
 このふたつは、いますぐできることだと思います。

  

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近況3

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春になり、植物たちが勢いを増してます。手前中央と奥右はエスキナンサス。ここにきてどんどん新芽を出し始めました。手前下はリュウビンタイ。そのすぐ右の小型水槽はアジアンタム・ミクロフィラム。これがすこぶる元気がよくて、買ってきたときの十倍ぐらいにボリュームが増えました。右端の一番上部はヘゴシダ。小さなポットを買ってきて垂直庭園に入れたばかりですが、一気に葉を伸ばしました。これは大きくなりそう。
 奥の六十センチ水槽の上の鉢はホヤ。これは丈夫です。これも春になって新芽を出し始めました。
 わかりづらいですが、鏡の右脇に置かれた小さなガラスのコップはクジャクシダの育成場。胞子を撒いて、水を遣り、サランラップで覆ってあります。三ヶ月ぐらい? 経ちますが、一面に小さな葉っぱがびっしり生えています。これは前葉体で、ここからまた繁殖させなければいけないんだけど、いまはそのタイミングを計っているところです。

 これら植物を見ていてもわかるけど、いまはまさに木の芽時。あらゆる生き物のエネルギーがいっきに増す時期ですね。人間もそう。肝臓の活動が活発になり、それが熱を生み、活力となる。
 それがひとより多すぎると、身体にいろいろ問題が現れる。
 馬歩というのは、中腰の姿勢なのですが、ようは下半身に負担を掛けて、頭に昇った血を脚の筋肉に戻せばいいのだろうと思いなし、三日ほど、腰を落としたままのスローランニングを続けてみました。家の中とかまわりとか、時間があればいつでも。踵を落とし、膝を深く曲げ、重心を思い切り低くして。時速六キロほどですが、それでも一日に十キロは走ったと思います。
 結果、めまいは軽減しました。耳鳴りはまだ残ってますが。あと、頭の張りも軽くなった。
 心の状態が姿勢に現れるなら、姿勢を使って心を変えることもできるはず。フィードバックですね。無意識のうちに踵が上がってしまうなら、意識して踵を落とす。
 ようは、血の流れがどこで滞るかなんでしょうね。血は冷却剤だから、そこが滞ると熱にやられる。交通渋滞にたとえてもいい。そこに血が集まると、流れが悪くなる。結果、まわりが廃熱や排気ガスで汚される。

 で、熱は頭から腹に下がりました。まめいの後退とともに胃痛が。
 これはすでに経験済み。二年前、高血圧で苦しんでいたのが、父親の胃がん発覚とともに胃痛になり、高血圧はどこへやら。シフトするんですね。痛みは。

 ここ三日は胃痛で苦しんでます。あと、軽く花粉症も出ているので、目鼻への熱で、耳の熱が軽減したとも考えられる。熱の余剰はつねに一定なので、移ろうか分散するか、そんな感じで悪さしてくる。

 一般的な医学とはちょっと違う解釈ですが、自分の身体で確かめる限り、それで間違いない。

 まわりの本格的な花粉症のひとに比べると、ぼくはずいぶん楽してる感じです。外に出てしばらくすると鼻水が出てくるけど、くしゃみはない。目の痒みもほとんどない。これも食事療法の副次的効果なんでしょうか。
 
 

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近況 2

陽光

 目眩が継続中。大きいのはあれから一度。あとは小さいのが四六時中。耳鳴りもですね。このふたつはだいたいいつもセットになってます。
 調べると、これを「上衝」と呼ぶらしい。春の木の芽どきの不定愁訴。不眠もひどいし、まさしく、これ。
 春に限らず、ぼくのようにすべてが上に昇っちゃうのを「上実下虚」と言うらしい。

 気が上る。血が上る。魂が上る? 
 なんだか分からないけど、とにかく上る。
 肉体の中に収まっているなにかが、空に向かおうとしている。それはヘリウムガスみたいに空気よりも軽くて、放っておけば天に昇ってしまう。
 頭皮、頭の天辺から血が滲み出す。頭蓋骨まで上がってきて、行き場を失ったなにかが、毛穴を通ってさらに上に行こうとしている。頭皮にたくさんの小さな血のかたまりがある。直径二、三ミリ。「なにか」は空気に触れると結晶化するのか? 

 それに、気付くと爪先立ちしている。皿をシンクで洗っているときとかでも、無意識のうちに踵が上がってる。ヘリウムガスを詰めた人型の風船みたいに、はんぶん宙に浮き掛けている。

 こういうときは空を飛べそうな気がするんですね。そうやって子供のときから高いところに登っては飛び降りることを繰り返してきた。

 昨晩見た夢。
 どこかの町の夜の道を四つん這いになって獣のように駆けている。すごく気持ちいい。一歩がおそらく十メートルぐらいはあって、なかば宙を飛んでいる感じ。あまりの気持ちのよさに遠吠えをする。でも、並行して走っている国道に出たら車に轢かれそうだから、あっちに行くのはよそうとか、けっこう冷静に考えてもいる。

 その次の夢。
 夜空に垂れ込める厚い雲。その上か中で、発光体がいくつも乱舞している。息を飲むほど美しい。「未知との遭遇」のあれ。ぼくの夢の定番。ぼくは資材置き場の塀によじ登り天に手を差しのべる。すると、指先に雲が触れる。「雲だ!」と言って悦ぶ。はるか眼下で、父が「もう帰ろう」とぼくを呼び戻す。そこで目が覚める。

 脳が興奮しているとき、ぼくは猿に戻っているのかもしれない。密林の樹冠で暮らしていた頃。
 だから、「昇る」。これは猿の頃の夢。

 ひとに帰るには、「上実下虚」ではなく「上虚下実」にならなくてはいけない。ひとは地上に降りた獣なのだから。

 なので、昨日から「馬歩」をやってます。
 あるひとから「脚が太くなりましたね」と言われて悦んで、家に帰って測ってみたら、腿の一番太いところでも三十センチ台しかなく、じゃあ、もっと細かった頃はどのくらいだったのか? とちょっと恐くなりました。三十五センチとか? 成人男性として、これはさすがに危険域なのでは。

 これも下虚と呼ぶのだろうか? 
 肉体が希薄になると、精神が前面に出てくる。心の在り様そのものが日々の関心事になる。
 ベッドに横になり、小さく音楽を流して目を閉じる。最近よく使うのはLou Rhodesの曲。
 あと、香を焚く。沈香を二に対して白檀を一。このブレンド。
 すぐに心があるモードに入る。いつも言っている、感傷、ノスタルジー、追憶、夢、そういった世界。
 そこに浸る。耽る。ちょっと不健全な感じもするけど、どうせ目が回って動けないし、とか思いながら、日がな一日。そんな日々。
  

 

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近況

 曲はリトルマーティンを使ってます。弾きやすくて、もうこの五年ぐらいずっと愛用。

 数日前に、一年ぶりぐらいにメニエルの大きな発作を起こし、いまもまだ目眩が...
 そのときは同時に突発性頻脈の発作も起こしたので、そうとうに自律神経が乱れていたんだと思います。
 真夜中だったので、もし治まらなかったら救急車を呼んでもらおうと思ったのですが、我慢していたらやがて治まってくれました。

 食事とランニングという治療法が間違っていたのか。体重減はまだ止まらないので、ここにも問題が。
 難しいです。小麦粉を抜くという食事では、ほんとに食べられるものが限定される。太るのが難しい。
 もういいか、と思うときもあるのですが、たとえば昨晩も、久しぶりにシューマイを食べ、これは皮が小麦粉ですから身構えていたら、案の定夜中に、激しい悪寒と、そのあとに来たのが発熱と大量の発汗。体温調整が完全に狂ってしまっている。年齢的に言って、男性の更年期とも考えられますが、小麦粉が引き金になっている可能性がやはり大きい。アレルギーなのか不耐症なのか。少量の摂取と大量にとることの違いは?
 
 脳の興奮が高まると、おもしろことがいろいろ起きます。夢はますます現実味を帯び、より美しくなっていく。
 名画ならぬ、名夢ですね。名作が次々とつくられる。現実にはありえない幸福感を味わうことが出来る。ずっと夢を見ていたいと願うようになる。目覚めてからも、ずっと夢を反芻し続けて一日を過ごすようになる。そのぐらいいい夢。
 なにげない、例えば奥さんとふたりで小川に笹舟を流しているような、そんな夢なんだけど、特筆すべきは、そのときの幸福感ですね。純度の高い、おそらくは夢特有の失見当識とも関連してるんだろうけど、とにかく、非現実的な悦びがある。愛と美と慈しみだけでできている世界。夢の中だけにしか存在しない愛の国。 

 けっきょく、それを小説に描くことがぼくの仕事なんでしょう。ある種のバランスを欠いた、それこそ失見当識的な愛の物語。ぼくにはリアルでも、ほかのひとたちにはそうでない世界。
 

 

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風景

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竹林

今回は、いつものアドリブ的な一発録りではなく、ステップ入力でBGMをつくりました。ステップ入力は手間が掛かるので、尺全体が短めに...大河ドラマ風。

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Mm1


痩せ止まらず、途方に暮れるの図。

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2011 .1.1 am7:08

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2011 .1.1 am7:08

新作掌編です。

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run3

「run」と同じコースにかなり強めのイフェクト掛けて、音楽も新しくしました。
なんとなく、この向こうにこことは違う世界が待っているような、そんな感覚。

river
forest

曲はいつものようにシーケンサーを使いリアルタイム録音です。同じ旋律の別バージョンですね。
これもまた夢をテーマにしてます。以下の写真も同様です。
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Dsc00101

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run

run

ぼくのランニングコースを撮ってみました。BGMは「Fly」の使い回し。つくる時間がなかったので。そこに息の音を重ねました。
何十年て、ずっとぼくは森の中を走り続けてるんですね。まあ、実際には「森」はおおげさで「叢林」程度なんですが。そこだけで得られる悦びがある。アスファルトの道ではなくて。地球を直接踏みしめる感覚。ちょっとした神秘体験。
ぼくが初めて書いた小説「VOICE」の冒頭近くに出てくる場面がここです。

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etc.

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