追記

 記事を読み返してみると、最初の部分、まわりのひとたちの肌と胃腸のトラブルは副交感神経の暴走が原因のような。

 アレルギーは副交感神経の興奮。下痢もそう。
 いまうちの奥さんがダウンしているんだけど(夫婦揃って弱い...)、激しい頭痛と吐き気。それに強烈な怠さ。

 これも全部副交感神経の暴走。嘔吐中枢は副交感神経の影響を強く受けますから。頭痛は副交感神経が興奮したために血管が広がってそれが頭の神経を刺激している。

 彼女は軽井沢とか那須とか標高が高いところに行くと必ずこうなる。気圧が下がって、酸素分圧が減ると副交感神経が出張り出すから。分かりやすい。


 あとアトピーがここで悪化している人たちも多い。

 おそらく急激に春になって、そこでバーッと興奮が高まって、いまはその反動の時期。振り幅ですね。
 五月病みたいなもの。大きなリズムがあるんでしょうね。自律神経系の。

 だとすれば、ぼくの不調も、黄連うんぬんじゃなく、たんにそのリズムが原因かも。反動ですね。来るべくして来た。

 この副交感神経アタックというのは、意外と見落とされがち。みんな「リラックス」することばかりに気を取られ、行きすぎてしまう。

 たとえば、面白いのがぼくの花粉症。
 ちょっと前にも書いたけど、日に二度か三度だけ発作がやってくる。だいたい風呂入ったあとと、眠る前。
 どちらも副交感神経がぐっと高まってくるとき。ここで数分間だけ痒みが出る。あとは平気。

 たとえ杉花粉がもうもうと渦巻いている森の中に入ってもなんともない。問題はむしろ副交感神経の方。
 
 かつて、勤めていたころ、ほんとに痒くて眼球をえぐり出したくなるようなことがあったときは、あれ考えたら、かなり真面目に安定剤をのんでいた時期なんですね。

 興奮を薬で抑えていた。だからいまより二十キロも体重が多くて、なんとなくどんよりしていた。
 そういったときはもうアレルギーに完全にいいようにされてしまう。

 だから、これが行き過ぎるとたとえば潰瘍性大腸炎とか、そういった自己免疫の病気になってしまうこともある。

 前回書いたように、胸腺が未発達ゆえに、免疫はつねに強め。だけど、どうにかバランスが取れているのは、いつも交感神経が優位だから。

 前頭葉の未発達と胸腺の未発達がセットなのは、このバランスのためかも。
 つまり適応? 進化?

 前頭葉未発達系のひとは心のブレーキが弱いからいつも不安を感じている(ひとが多い)。
 本来なら免疫は低下し、病気になりやすいはず。

 ぼくや母なんかは昔の言葉で「不安神経症」ですから、そのものずばりなわけです。

 でも、風邪引かないし虫歯にもならない。
 
 アレルギーも前述のように、そこそこで抑えられている。バランスしている。

 けっこう危ういバランスだけど。強め――強め、という二者の綱引きの上に成り立っているバランス。

 これも進化の妙?

 ずっと思っていたのは、「アンジェラの灰」なんですね。あの極貧、次々と襲ってくる死別、抑鬱、なにのあの両親、驚くほど長生きなんですね。お父さんなんかは八十代半ばぐらいまで生きてたような。

 あれもパーソナリティーを考えると胸腺未発達組だったのかもしれない。あれぐらいでちょうどバランスする。

 高度な感受性、ナイーブさを補うがための胸腺の「退化」だとしたら。
 母もそうです。ずーーーっと、不安を感じ続けていたのに、神経以外は検査をいくらしてもなんともなかった。いやむしろ、実年齢よりもずっと若くて健康だった。

 このへんがPNI――精神神経免疫学とぼくのまわりのひとたちが大きく矛盾するところ。

 まあ自律神経はつねに流動的に動いていますから、単純には割り切れないのかもしれませんが。

 


 
 

 

 

 
 

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 今回の不調は長いですね。まわりの同類の人たち(外胚葉、前頭葉未発達系)を見ても、みんなまだ絶不調の真っ最中なので、これはやっぱり今年の気候の不順が原因なのかと。

 おおむね肌トラブル(アトピー、顔の発疹、頭皮の荒れ)と胃腸系の不調ですね。これが多く見受けられる。
 
 ぼく自身は、黄連の服用の仕方があまりよくなかったのか、ここしばらくはむしろ副交感神経の暴走による不調に苦しめられています。

 つまり下痢と不整脈。どちらも副交感神経の興奮が引き起こす。もちろん、その裏には交感神経の興奮もあって、問題はむしろその振り幅なんだけど、とりあえず症状としてはこっちに傾いている。
 
 難しいです。ほてりや頭の張り、高血圧、耳鳴り、めまい、こういったものはうまく抑え込んでいるのに、今度はあっちが! みたいな感じでモグラ叩きゲームをやってるみたい。

 十日ほど下痢が続いて、かなり体重が落ちてしまったので、漢方薬の服用をまずは完全に止めました。
 会うひとたちに「また痩せた!?」と驚かれるので、これはまずいなと思って。

 あと不整脈ですね。これがやっかい。
 昨晩は、きっと低気圧のせいもあって(低気圧は副交感神経を刺激する)、寝入りばなにでっかい突発性頻脈にやられました。例の迷走神経刺激でなんとか抑えましたが、それからちょっとこわくて朝まで眠れず。

 母もちょうどぼくぐらいのときに、頻繁に襲ってくる不整脈の発作のために入院していますから、そんな「お年頃」なのかと。母は亡くなるまで、この突発性頻脈にほんと苦しめられてましたね。どんぶり一杯分ぐらいの薬を毎日飲んでいるのに治まらない。それこそ毎日のように救急車で運ばれて、そのまま日帰り入院みたいな。

 記憶では、ぼくがもう小学生のときにはこの発作で苦しんでましたから、ほとんど四十年とかそのぐらいの発作歴です。

 だから、ぼくのも遺伝なんでしょうね。仕方ないです。

 なにもできないので、ベッドに横になって古い医学書なんかを読んでいるんですが、そこで面白い話を発見。

 左利き、失読症の患者は胸腺の発達が悪く、免疫をうまく抑制できない、というんですね。
 もう二十年以上前の本なので、いまこの説がどうなっているのかは分からないけど、ちょっと興味深い。

 テストステロンが脳と胸腺の発達になにか影響を与えたのではないか。

 免疫が過剰に働きすぎてスーパー免疫人間になってしまう。とうぜん行きすぎた免疫は自己免疫疾患を引き起こす可能性がある。

 ぼくの同類(外胚葉、前頭葉未発達系)は、ほんと免疫力が強い人が多い。
 ぼくもそうだけど、はしかやおたふく風邪、水疱瘡に感染しても発症しない。少なくとも自覚する症状が出ていない。
 生まれてからこれまで風邪というものをほとんどひいたことがなく、インフルエンザも知らない。
 こういうひとが多い。

 でも母方なんかはリウマチですね。これにかかってしまう。母も指が曲がっちゃって痛そうでした。
 
 ふと思ったのは、こういったひとたちの子供の少なさ、不妊傾向。
 結局、受精卵も異物ですから、免疫が強いひとたちはこれを排除してしまうことになる。

 母の流産癖。親族たちの子供の少なさ。どうなんだろう?  

辛気くさい話ばかりでもあれなので...

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 家の柵を覆うツタとモッコウバラとワイヤープランツとハニーサックル。
 ここに来て一気にみんな新しい葉を出しました。モッコウバラは白なのでちょっと開花は遅め。
 ワイヤープランツは木の枝を伝って、地上三メートル近くにまで達しています。すごい生命力。
 見習いたいですね。

 さっきの本に、ベトナム戦争に従軍した医師のレポートが載っていたんだけど、米軍の前線基地に、あと数日で敵の大攻勢が始まるって情報が流れて、いっきに緊張が高まるんだけど、その中でもとくに血中のストレス物質濃度が高まったのが士官と通信兵だったという話。他の兵士たちはそうでもなく、なぜかっていうと、決戦に備えて猛烈に仕事をしてたから。塹壕掘って、地雷埋めて、武器整備して。事務職だったひとたちは身体を動かさないので、ストレスが高まる一方。

 ようは歩けってことです。天は自ら助くる者を助く。自助努力。苦しくても負けちゃいられません。

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 ひとつ前の記事を書いたあとで、やっぱり具合がよくないのでベッドに横になっていたら、かつてないほどの追想の亢進が。

 いつも書いている追想発作とは違います。あれは、まったく本人の意志、あるいは音楽や匂い、情景や空気感といった追想のトリッガーですね、そういったものと関係なく、唐突にやってくるものです。

 追想の亢進とは、だからいま言ったこと――その気になれば、あるいはなにかきっかけがあれば、記憶がやたらめったらと蘇ってくること。

 実は、このひと月ぐらいずっと感じていたんですね。妙にそれが多いなと。かわりに追想発作がほとんど起きません。なにか記憶野の状況が変わってしまったような。

 春というのはとくに空気感が追想のトリッガーになりやすい。これはみんなそうだと思います。湿度の高い柔らかな空気に触れると、ふいになにかを思い出す。つまり無意識のうちの連想ですね(だから発作じゃない)。

 その追想の質が変わりつつある。臨場感、ディテール、あと追想が可能な記憶の数。
 ちょっと前までは決して思い出すことができなったことが、やすやすと思い出せるようになる。しかもくっきりとした輪郭を持って。

 さっきはすごかったです。
 あれに近い、ストリートビュー。あんな感じ。40年以上前に住んでいたアパートの部屋を、あんな感じで眺め回せる。もちろん、いままでも同じことをやってきたんだけど、その密度が断然違う。寄っていけば、いくらでも細部を眺めることができる。この四十年間、まったく思い出すことのなかった絨毯の煙草の焼け焦げあととか、絨毯を畳に止めておくピンの頭の色、少しだけ抜け掛けて、曲がっているその角度、ピンの錆び具合――見たいところに寄っていけば、なんでも見ることができる。

 あとは臨場感が違う。まさに、自分がいまそこにいるのだという感覚。それが強烈にある。
 目覚めながら鮮明な夢を見ているようでもあります。

 いいかげんな追想だと、ざっくりと場面を俯瞰してて、へたするとそこに自分も見えたりするんだけど、あれは幾つかの記憶をもとに、脳が情景をつくっているんでしょうね。

 こっちはまさにFPSです。自分の身体は手や足しか見えない。ああ、でも感覚はむしろ、幽体となってその場所を浮遊しているような感じに近いかも。肉体感覚はあまりない。

 エピソードよりは断然場所の記憶です。人気はない。まるで天国みたい。誰もいない。そこを自由に移動していく。

 1時間ぐらい興奮しながら、様々な場所を彷徨いました。きりがないです。
 そのとき以来、数十年間思い起こすことのなかった記憶を、百でも二百でも汲み上げることができる。
 この状況がどのくらい続くかは分からないけど、すごく貴重な体験だと感じています。

 おそらくは側頭葉の異常興奮が引き起こしている。
 これは純粋に、映像の記憶なので、あの追想発作にともなう、なんとも言えない気持ちの高揚はまったくありません。かなり冷静に、ただ好奇心だけを持って、細部を観察している。

 ただ、この臨場感はなんだろう……
 歩いている道の、ほんの十センチほどの段差まで思い出せる。何十年も忘れたままだったのに。
 あと、臨場感を強くしているのは「触覚」手触りですね。これが生々しい。音はないです。意図的に誘導すれば聞こえてくるのかな? ちょっと分からない。

 視覚と触覚。感情も音も蘇らない。

 追想を追想するってあるじゃないですか。過去に一度、あるいは複数回思い出したことをまた思い出してみる。
 たいていは、こればっかなんですよね。

 ところが、「新しい追想」が限りなく蘇るっていうのは、なんか不思議な感覚です。一般的な追想とは違う回路のような気がする。

 まあ、これも一過性の春の嵐なのかもしれませんが。

 

 

 

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 二回前で胃は無事です、みたいに書いたんだけど、その直後にやられました。
 すごくはっきりしていて、その前の夜に、あまりに首から上の調子が悪いんで、奥さんにかなり時間を掛けて全身のマッサージをしてもらったんですね。そうしたら、熱だか、凝りだか、滞りだかが頭から胸に移動した。

 胃水が上がるとよく言いますが、風呂入ってていきなり上げてしまったのには驚きました。なんの前兆もなかったので。そのあたりから、左右の肋膜がものすごく痛くなって、まずいなあ、と思っていたら今度は、強烈な不整脈に襲われてしまいました。なんか過去にやったことのないタイプで、どんどんと胸からまわりに向かって違和感が広がっていく感じ。息も苦しいし、さすがに「これは駄目かも」とまで思いました。

 こういうときにやるのは、迷走神経への刺激です。冷水を飲む。深呼吸と息止め。あと心包経のツボへの刺激。
 だいたいは、これらをやっていくうちに治まるものなんですが、このときは長かったです。

 それからずっと脈は不安定な状態が続いています。今日も朝から息がどうにも切れて、仕事も手につかないので、とりあえずこれを書いてます。

 自分なりの想像だけど、これは横隔膜や肋膜が交感神経の興奮によってぎゅっと凝ったことで、それに包まれている臓器――胃と心臓が自由に動けなくなってじたばたしているじゃないかと、たぶん。

 もう抜けるはずなんですどね。かなり気温も安定してきたし。花火で言えば、これが最後のスターマインなのか? 

 この症状、患部の移動は、どれだけのひとたちが実感しているのか?
 ぼくなんかは露骨なぐらい分かりやすいんですけど。

 とにかく選択的なんですね。大まかに言って、頭部、胸部、下腹部。
 興奮が穏やかになるほど下がっていきます。下腹部だったら腸と膀胱の熱感だから、便秘と膀胱過敏。
 これが一番楽です。あんま害がないっていうか。
 (ティム・オブライエンが「ニュークリア・エイジ」の中で訴えていた「強烈な便秘」は絶対このタイプなんじゃないかと、いつも思っています)


 だから、逆にいまはこの症状はまったく出ていない。頭の熱感も消えたので、かなり眠れます。
 まさしく、不整脈の大発作を起こした日から、ずっとぼく的には快眠状態が続いている。つまり、夜中に二、三度目が醒めるだけですんじゃうという。

 さらに軽くなってくると、手足の痛みですね。あるいは肌トラブル。先端、表面へ向かっていく。ほとんどのひとたちが、この段階で止まっているんじゃないでしょうか。ここよりも中心、内部へはなかなか行かない。
 
 肝熱そのものが治まれば、それらもすべて消えていきます。夏がいつも楽なのはそのため。

 前にも書いたけど、ことしは春が「圧縮」されたために、期間は短いんだけど、その分症状が劇的になる。
 だから、いままでは無事でいたひとが、今年初めて不定愁訴に襲われたってことも大いにありそう。

 一番軽度なのはたぶん花粉症を今年デビューとか、そんなの。

 あともう少しだけがんばりましょう。
 

 
  

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「ねえ、委員長」ポップ

Neeiintyo

 これが「ねえ、委員長」のポップです。書店でご覧になった方いますか?
 モデルの吉倉あおいさんは、表紙の後ろ姿のひとです。わかりますよね。
 きれいな方ですよね。いまどきにありがちなタイプと違うのがいい。
 前にも言ったけど、すごく小説のイメージに近いです。彼女を思い描きながら読んでもらうといいかも。

 コピーも効いてる。まあほんとに「奥手のための恋愛レシピ」みたいな小説です。

 
 

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 きついですね。
 遅れた分、一気に春を呼び込もうとしているのか、変化が急で、身体がついていけません。
 さらには、あの爆弾低気圧。あれでノックアウトされちゃったひとも多いのでは?
 一日に30ミリヘクトパスカルの乱高下。

 ほとんど息も絶え絶え、起き上がることもままならず。
 耳鳴りもかなり来たし、まあ、眠れないこと。
 もう、どのくらい眠ってないんだろう? こんなときはむしろハイになりますね。

 目が落ちくぼみすぎて視界が悪いです(嘘です)。

 ただ、胃が無事なのが不思議。一日三食ちゃんと食べてます。これが最後の頼みです。
 食べられなくなったら、ほんと点滴受けるようになっちゃうでしょうし。

 糖質(とくにショ糖)カットは継続中。糖反射が起きないよう、徹底して避けています。
 あと、塩分も同様です。ちょっと濃いめの味付けにすると、身体がぎゅっと締まってくる。
 それが必要なときもあるんだけど、いまは避けなくてはいけない。なのですごい薄口。
 こういうのを続けていると、もうほとんど素材の味だけでけっこう美味しく感じられるようになってきます。慣れですね。

 まあ、あとはできるだけ食べたものが早く胃を通過できるよう、噛んで噛んで噛みまくってます。
 一口食べ物を口に入れたら、箸も茶碗も置いて、当分は噛むことだけに集中。

 それと並行して漢方薬ですね、ぼくみたいな「上がる」タイプは茯苓飲が合う。
 ただ、これだけに頼っても食事をいい加減にしているとすぐ胃がやられちゃうから慎重に。
 
 あとは、朝から晩までカミツレとヨモギのハーブ茶。これを飲んでます。
 これに漢方薬の黄連を単独で加えることもあります。

 それでも――
 いまは、どうしようもないですね。早く「木の芽どき」が行き過ぎてくれるのを待つだけです。
 
 まわりからも悲鳴の嵐。めまい、閃輝暗点、突発性難聴、春の不定愁訴の定番を、多くのひとたちが訴えてます。みなさん、もう少しだけがんばりましょう。 

 

 

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「ねえ、委員長」のポップ書き

 見たひといますか。
 家族や知り合いに訊いても、いまのところ目撃者なし。
 すごく可愛いポップなんですよ。表紙のモデルになって下さった吉倉あおいさんの正面からの顔写真が大きく写っていて、言葉もそえて下さっている。

 みなさんの目に触れないのがすごく残念なんですね。
 もし、可能ならここに載せてみます。今度訊いてみます。

 国内はあんまり元気ないんだけど、引き続きフランス版は調子いいです。「le mondo」に続いて「Marie Claire」の電子版でも取り上げてもらって、それをもとにした記事があちゃこちゃに広がってます。なんか自分でもびっくりするほどです。こういうのは元気づけられます。

 

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 昨夜の夢は、終末ものではなく、どこか知らない町の小さな駅舎と駅前のひっそりとした商店街の夢。

 人影はなく、駅員さんも声はすれど姿は見えず。古い建物が建ち並ぶ古い商店街が駅前からふた筋伸びているのが見えるんだけど、夜のまだ八時なのにもうどこも閉まっている。薄暗くて、誰もいない。
 
 ただ、二軒だけ、しめた引き戸の磨りガラスを通して、家の中の灯りがぼんやりと漏れている。

 なんのストーリーもない、「場所」の夢ですね。
 でも、特筆すべきは、この静寂さです。冥界に来てしまったような静けさ。

 脳の興奮が頂点に達したときにだけ見る夢です。
 興奮が高いと、現実との区別が付かなくなる夢を見るときがあって、目覚めたあとも、しばらく考えてしまうんだけど、これは、別のタイプ。もっと上をゆく。

 つまり、ものすごい存在感、臨場感があるにもかかわらず、絶対に現実とは違うという認識がある。それは目覚めたあとってことですけど。なんということのない、どこにでも在る風景。なのに、強烈な隔絶感がある。

 それこそ彼岸と此岸の距離ですね。
 絶対に「ここ」ではないという感覚。でも、絶対に「在る」という感覚。
 強烈なビジョンでもって、その後何十年経っても鮮明に思い返すことになる夢。

 極限まで高まった脳の興奮が見せる夢。シャーマンの幻視もきっとこんなものなんでしょう。
 
 脳が狂気に陥るのを防ぐために見せる夢。強烈な鎮静効果がある。

 父親に言ったら、「わかる。あの夢を見たあとの目覚めは、妙に清々しいんだよな」と頷いてました。
 父も「そこにないもの」をふだんから見てしまうひとなので、やっぱりこういう夢を必要としている。

 原始宗教ってこんなところから始まったんじゃないのかな、っていつも思います。
 脳の中に存在する「あの場所」を冥界と言い換えることから。

 ぼくがやっているのも、「あの場所」を描くこと。そればっかり。


 

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春本番

多くの方たちが、「そうそう」と頷かれると思いますが、春本番は、ここ数日前辺りから始まりましたね。

「今年の春は楽だ! きっといままでいろいろやってきたことが効いてきたんだ!」なんて思っていましたが、どっこい、そう甘くない。ただたんに春らしい気候になるのが遅かっただけで、実感としては例年より一ヶ月ぐらい遅れてやってきました。花粉症の人たちも、きっとそうだと思います。

 となると、身体は日照時間よりはよほど気温を参照してホルモンを変化させているってことなんでしょうね。
 不思議ですよね。暖房しようが、家の中に籠もっていようが、けっきょくは外気温に大きく影響される。

 もう一週間以上前から「なんかあやしいぞ」とは思っていたんですが、ついに昨日どかん! とやられました。
 ずっと心悸亢進で眠れず、胃にも来て、いよいよやばいか、と思っていたところで、なんかすごく変な発作に襲われました。

 猛烈な喉の渇きが発作のようにやってきて、水を飲むんですが、そうするとなぜかパニック発作を起こす。
 水を飲まなければいいんだけど、喉が渇くので飲む。するとまたパニック発作に。
 新しいパターンです。

 パニックのときの、「なにかとんでもないことが起こる、自分の身体や精神がどうにかなってしまう」という感覚がぐーっとこみあげてくるあの不安ですね、久しぶりに感じました。手汗びっしょり。胸騒ぎの最上級。

 寝てても、座ってても、なにをしてても息が上がる。平地にいるのに、標高三千メートル級の山の上にいるみたい。マイッタナモウ...

 そうそう、耳鳴りもやっぱりきましたね。うるさくて煩わしい。ただ、「徘徊」効果か、めまいはありません。ほとんどない。これはすごく助かる。まだしも動けるから。

 前にも書いたけど、日に十五キロから二十キロの徘徊と並行して、かかと揚げ運動、ヒールレイズをワンセット三十回、これを日に数回。とにかく思いついたらやる。歯磨きのときとか、皿洗ってるときとかいつでも。
 
 もう半年ぐらい続けてる? そしたらふくらはぎがそれはそれは立派に成長しました。ふたつの腓腹筋のあいだに、渓谷のような深い溝が現れ、そこに紙が挟めそうなぐらい。ふくらはぎが第二の心臓なら、ぼくのは大排気量の大型エンジン並みです。

 まあ、それでも気温が上がり始めてからは、頭の張りも感じてます。でも、それまでの三割ぐらい。

 あと、花粉症もまったくないわけじゃないです。上記のようにけっこう外を歩くので、花粉浴びまくりなんですが、そのときはなんともない。唯一出るのが、夜中です。真夜中に目覚めると、その十秒後ぐらいから猛烈に目が痒くなる。あきらかに副交感神経の異常亢進が原因。なので激しく腹筋とかして交感神経優位に変えてみる。

 あと、カミツレ水を枕元に置いてあるので、それを一分おきに三回ぐらい点眼。
 なんやかやで、五分ぐらいで痒みは治まります。これが全症状なので、楽は楽です。昔の、目ん玉えぐり出して水洗いしたい! みたいなのから比べれば、ほんとに。

 あと、今朝は久しぶりに解放性幻聴が復活。刺激のない場所、つまり「求心性活動不足」の状態のとき、大脳から聴覚中枢にパルスの逆流が起こる。ひじょうに単純な仕組みですね。

 ぼくの場合はミュートしたオルゴールの音みたいなのが、断続的に聞こえる。音階もあります。
 オリバー・サックスが自分のとこの学生に訊いてみたら、かなりの数が経験していると答えた、と書いてありますから、そんな珍しいことじゃない。誰にでも起こりうる。たしかこのときは音楽幻聴のことだったと思うけど。

 これが、「声」のときには、これもサックスの「音楽嗜好症」に書かれているけど、「カクテルパーティー」のざわめきのように聞こえる。おそらく言語中枢を介していないために、意味はない。ただ、それらしく聞こえるだけ。

 ちょっと前には、この現象に「位置情報」が付加されていることに気付いて妙に感動してしまいました。
 三人の男女の声なんだけど、ひとりはぼくの左、ふたりがぼくの右で、しかもそのふたりにも、手前側と奥側がある。ちゃんと聞き分けられる。すごいな、と思いました。空間認識的な中枢も一緒に働いている。

 夢はあいかわらず天変地異や世界終末ばかり。潜在的不安が見せるんでしょうね。
 だから、小説にも書くし、DVDで「宇宙戦争」を繰り返し観る。トム・クルーズのやつです。もう何度も見ているから筋を暗記しているのに、またこういった体調になると観てしまう。

 これも夢や小説と一緒。抑圧の解放です。作品の筋や質はこの際関係ない。スピルバーグが見るビジョンとぼくが見るビジョンが気味の悪いほど重なっている。それがぼくを強烈に引きよせる。

 子供の頃から繰り返し見てきた夢の場面があの映画の中にはたくさんある。きっとスピルバーグもそうなんだろうな、と思います。

 具体的に言うと、初めのほうの黒い雲と稲妻。あと息子とはぐれてしまう丘での戦闘場面。青い色調の森の中の場面。最後の方のトンネルの中の場面。兵士に促されながら歩く避難者たち。等々...

 記憶にある、一番古い夢にもこういった場面が出てきます。映画は夢を真似る。それを観ることは夢を見ることと一緒。

 

 

 
 

 

 

 

 

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ねえ、委員長

 メールマガジンに書いた文章を、こちらにも載せておきます。
 「ねえ、委員長」の内容について自己解説。

 前作から五ヶ月弱でまた新刊のご案内です。書店さんによっては「ぼくらは
夜にしか会わなかった」と「ねえ、委員長」が並んで平積みになっているとい
うことで、そういうのって、なんか懐かしいなあ、とさえ感じてしまいます。
 二冊が一緒に並ぶっていうのはほんとに久しぶりのことなので。

 「Separation」でデビューしたのが2002年の1月なので、今年の1月で
まる十年経ったということになります。そして、単独の小説の本の発刊も「ね
え、委員長」が十冊目。均すと、年一冊のペースで書いてきたということにな
ります。
 よくまあ十年も続けてこられたな、と感じます。ほとんどは体調との戦いで
した。まったく書けなかった時期もかなりありますし。読者の方たちには深く
感謝してます。読者あっての作家ですから。
 デビュー直後から「十冊書いたら、きっと引退します」って言ってたんだけ
ど、そうでもないみたいです。「だって、ぼくはワンパターンの作家なので、
十冊も書いたら、もうひたすら同じことの繰り返しですから」という理由だっ
たんですけれど、いまやそんな時期はとっくに通り過ぎ、ここでついに一巡し
た感さえあります。ほんと一巡したって感じです。

 「ぼくらは夜にしか会わなかった」を書いているときに、なんかこれって
「VOICE」みたいだなあ、なんて思っていたんですが、今回出た「ねえ、委員
長」は、そのあとに続く「いま、会いにゆきます」「恋愛寫真――もうひとつ
の物語」「そのときは彼によろしく」のテイストにすごくよく似てます。まあ
「陽性」というか、かなりドライブ感がある。実際、「ねえ、委員長」は18
0枚あるんですが、十日ほどで書き上げてますから、速度自体も早かった。これ
も「いあまい」や「恋愛寫真」と共通してます。
 
 理由は結構はっきりしていて、これら短中編の執筆の順序が大きく影響して
いる。
 順序としては先に「ぼくらは夜にしか会わなかった」に収録された作品、次
に「ねえ、委員長」の収録作。


 「ぼくらは夜にしか会わなかった」→「泥棒の娘」
 「夜の燕」→「Your song」
 「いまひとたびあの微笑みに」→「ねえ、委員長」

 こうなります。この六作を連続して書いていました。
 そうすると、精神が振り子のように大きく振れるんですね。ぐっと自分の内
面に深く潜行して、そこから無意識に潜む物語を汲み上げるって作業をすると、
そのあとこんどは、素潜りダイバーが息継ぎのために海面に上昇するように、
精神もバランスを取るために、ぐーと上昇していく。前者が無意識の世界なら、
後者はぼくの在り様、形ですね。その描写。つまり、ひとから見たぼくの姿、
感情、行動になる。これは、飽きるほど言ってきたあのギャップと一緒です。
小説の静謐さと、それを書いたぼく自身の異常なほどのハイテンションと多動
っぷりが、あまりにも違うってやつ。
 東洋思想的に言えば、これこそが世界の真の姿なんだけど、振り幅が小さい
と、これがあんまりはっきり見えてこないもんだから、ふつうはほとんど気付
かれないんですね。どっちも一緒みたいな。でも、ぼくはまざまざと自覚でき
るので、それが面白いです。
 
 それでも、これは無意識なんですが、並べたふたつの作品はなぜかモチーフ
が重なっている。ひとつのテーマの裏表みたいになってる。
 「ぼくらは夜にしか会わなかった」「泥棒の娘」は、孤独な少年と少女が、
夜の世界で心を通わせる、ってことで重なっている。少年の一人称視点も一緒。

 「夜の燕」「Your song」はずばり「走ること」が中心になっている。たぶ
ん、走りたかったんでしょうね、ぼくは。その欲求をを小説で解放している。
体調崩して動けなかった時期。

 「いまひとたびあの微笑みに」「ねえ、委員長」は「書くこと」。どちらも、
登場人物が好きな相手から書くことを促されています。

 なので、この二冊が並んで置かれていることには、けっこうぼくにとっては
大きな意味があるんですね。双子の小説集。それぞれが補完し合って、ぼくと
いう人間を描写している。

 
「ねえ、委員長」はなんか昭和っぽいです。昭和の匂いがぷんぷんする。委員
長という言葉はかなりアナクロで、ぼくが中学ぐらいの頃の少女マンガなんか
には、やたらと題名に「委員長」が使われてました。あの感じですね。委員長
=優等生。それに絡んでくる不良生徒という図式。昭和ですね。王道です。
本が出来上がってから四回ぐらい読み返したんだけど、とにかく疾走してます。
青春(悲しいけど私語に近付きつつありますね)。一日二十枚近い執筆速度そ
のままに――あとから見ると、けっこう矛盾や脱線もあるんだけど、その揺ら
ぎさえもが妙に熱い。
 
 あと「Your song」は女子高生の一人称視点で描かれているんだけど、この
語り口、ほんの少しはすっぱで、ひとり語りっていうより、すぐ隣にいる誰か
に話しかけているような文体はすごく好きです。この語り口で長編一冊書いて
みたい。なんか一瞬で書けちゃいそうです。一番ぼくの地に近い。これもまた、
やたらハイテンションなんですよね。ハイパー女子の青春物語。ひとの十倍ぐ
らい努力しても、だからなに? って感じ。そんなの当たり前でしょ? 書い
ててすごく気持ちいいです。この前のめり感。

 「泥棒の娘」は少年のひとり語りで、これはのんびり屋さん。もう、そのま
んま「恋愛寫真――もうひとつの物語」のふたりです。あのふたりが中学で出
会ってたら、みたいな。なんでしょうね? とにかく、とことんオリジナルで
ユニークな女の子が好きなんですね。気になってしまう。肩入れしてしまう。

 なんにしても、可愛らしい恋愛小説集です。いまどき、こんなロマンチック
乙女チックな恋愛小説、女流小説家のひとでも書かないよな、っていうくらい。
 アマゾンの説明文が、

『 はじめて、ぼくが本気で恋をした君へ。
 書けなかったラブレターのかわりに贈るもの。

あのころ、ついに言えなかったけれど、卒業しても、ずっとずっと好きだった
君へ。実らない恋も悪くない。だって、君をずっと好きでいられるのだから。
恋愛小説家・市川拓司による、かつて実らなかった三つの恋が十数年の時を超
えて動き出す三つの中編小説。
『泥棒の娘』・・・黒板に印象的な絵を描いた風変わりな同級生にひそかに署
名なしの手紙を送った僕。
『ねえ、委員長』・・・どうしようもない落ちこぼれの転校生に、小説家とし
ての才能を見出してしまった、優等生なわたし。
『Your Song』・・・誰にも群れず一人で長距離走の練習に励む私は、歌が抜
群に上手いいじめられっこ・祐希くんを好きになってしまった。   』


 こんな感じですから、へたすると少女コミック以上に「少女漫画」してるか
もしれない。

 今回、初めて、SF要素、ファンタジック要素がまったくない本になったんで
すね。意識はしていないんだけど、結果としてそうなった。例の「振り子」の
せいかも。
 
 これらの説明で、なんかぴくっときたひとは読んでみて下さいな。

*********************************

ほぼ、同時期に「いま、会いにゆきます」のフランス語訳も出たんだけど、これが
ル・モンドのインターネット版で紹介されて、けっこう反響がありました。
あの「le mondo」ですもんね。ひたすらありがたいことです。
いま、フランスは日本文化フェアみたいなのやってるんでしょうか。その一環だと
思うんですけど、やっぱり読んでもらわないことには、出す甲斐もないので。

昨夜は夢の中でペットボトルにまたがって空を飛んでました。魔女の箒みたいに。
すごくきれいな、まるで夢のような(夢なんですが)美しい山々を見下ろしながら
気持ちよく大空を舞ってました。薄桃色した桜の花に山一面が覆われていて、
それはもう恐いほどの美しさでした。

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3月9日に幻冬舎から新刊が出ます。題名は「ねえ、委員長」
 パピルスで発表した「泥棒の娘」と「Your song」それに書き下ろしの「ねえ、委員長」の中編三本。
 「Separation」以来の写真の表紙です。モデルになってくれたのはスターダストプロモーションの吉倉あおいさんと栗田将輝くん。小説のイメージとすごく近いので、読むときに、このふたりを想像してもらってもいいかも。

 「恋愛寫真」とか「いまあい」の高校の頃とか、あんな感じが好きなひとには気に入ってもらえるかもしれません。
 読んでみて下さい。

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97820812521721

 「Je reviendrai avec la pluie  Par Takuji Ichikawa 」 France

 フランス版「いま、会いにゆきます」 題名は訳すと「わたしは雨とともに戻ってきます」となります。
 この女の子は誰なんだろう?

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良くなったこと、良くならないこと、

 おおむね立春を越えたあたりから春の不調期が始まりました。
 今年は例年と症状が違い、これはやっぱり「徘徊」を続けたせいなんだろうな、と自己分析してます。

 何十年も走り続けてきて、それを歩きに変えることがどうちがうのか?
 なんかの雑誌に歩行(ランニング)速度別の脳の活性領域が載っていたけど、やっぱぜんぜん違うんですね。
 おそらくラニングのほうが動きとしてアグレッシブなんだと思う。「狩り」とか「逃走」とか、そんなときの動き。
 歩行はもっと静的ですね。いわゆる日常。
 
 脳の活性領域が違えば、きっとスイッチの入る遺伝子や内分泌も違うはず。
 「徘徊」を初めて四ヶ月ほどですが、大きく変わったことが幾つかあります。

 良くなったこと。

 ●腰痛
 
  これは十代の頃からずっと苦しんでいるんですが、とくにここ二年ほどがひどかった。それが歩き始めてから、ずいぶん軽減しました。
 毎朝、すぐにはまっすぐに立つことができず、しばらくは腰を曲げたまま動いていて、徐々に人間に進化していく感じなんですが、いまはすぐにまっすぐ立つことができます。
 あと1時間ほど車の運転をしたあとも同様です。これも楽に動けるようになった。痛みのマックスが10としたら、いつも6~7あった感じが、いまは2~3ぐらいまで軽減しました。まったく痛みの無いときもあります。

 ●頭のはり
 
 ほとんど感じなくなった。去年の秋以前は、ひどいときは頭が破裂しそうなほどはるときもあったのに。「スキャーナーズ」みたいに。
 測ってはいないけど、同時に血圧も下がったはず。
 あと、ほてりですね。頭部、頬や耳の熱感も、何十年ぶりかで、まったく感じない冬でした。
 
 ●めまい

 それと耳鳴りですね。これは頭のはりとも連動しているんだけど、けっきょく一緒に消えてくれました。
 たまに出るけど、以前の1/10ぐらい。メニエルを思わせるような、激しいめまいもなくなりました。
 いまのところですが。

 ●不整脈

 消えてはくれないけど、去年の秋の1/10ぐらい。突発性頻脈はあれ以来一度も来ていません。


 腰痛以外は、「循環器系」で括れると思う。心臓と血管ですね。それのコントロールが前よりもうまくできるようになった。エラーが少なくなった。運動はいずれにせよ循環器系の状態をよくすると言われてますが、ランニングでうまくいかなかったことが歩くことでうまくいくようになったのがミソ。ひとによるんでしょうが、ぼくはランニングで興奮しすぎるのかもしれません。

 ●胃痛

 これは微妙。総じて良くはなっているんですが、油断はできない。
 立春以降、またぞろ悪化していたんですが、徹底して甘いものをカットすることで、なんとなくコントロールできてる感じ。ショ糖が胃に入ると消化器系の動きが悪くなる気がする。そうするともたれたり、胃酸過多になるから、できるだけそうならないように気を付ける。

 まあ、以前なら、なにをやっても駄目なときは駄目だったので、それよりはいいのかと。

 ●頭皮の炎症、血のかたまり

 これも頭部の熱感と連動して軽減。中学の頃から頭部の皮膚病では苦しめられていましたから、なあんだ、って感じです。これはでもむしろ例の「オメガ6とオメガ3」の比率をただすことで、炎症体質が改善されたってことなのかもしれない。花粉症がどうかですね、この春の。

 ああ、あと髪の丸まりがぐっと弱くなった。くるくる天パーが「癖っ毛」ぐらいに。これも頭部の熱と連動。


 良くならないこと

 ●不眠

 これは……
 ほんとに難しい。前にも書いた「過覚醒」のレベルがまたひとつ上がった感じ。身体に出ない分、神経に出る。
 厳密な用語ではないんだけど、わかりますよね?

 とにかく、すべてが亢進している。不眠というのは、眠る力がないタイプと、起きる力が強すぎるタイプがあるように思うんだけど、ぼくは後者。

 これで疲れなきゃ、ずっと活動していたいくらいなんだけど、ぼくはすぐに眼とかが疲れちゃうんですね。ままならない。
 不眠のレベルは確実に上がりました。朝まで一睡もせず、っていう日もある。ほんらい、夜の眠りが悪い翌日は昼間眠いものなんだけど、いまは引き続き翌日も「過覚醒」が続行中って感じです。

 ●過剰驚愕症

 これは前にも書いた通り。でも、これって全方位なんですよね。「情動の亢進」の一部。
 期待や悦びでも胸がかっと熱くなる。以前よりも、感情に伴う生理的反応があきらかに大袈裟になっている。なんというか、アイドリングが高めな感じ。いつでもすぐに吹き上がる準備ができている。

 ●ある種の神経症
 
  まあ、いろいろ。そのつど症状は変わりますが、だいたいぼくの場合は自律している行為を意識してしまって、それで生活の質を落としてしまうってやつ。


 ●感覚中枢の異常

 これが一番ひどいかもしれない。聴覚、視覚、いろいろ

 過敏になるだけでなく、大脳から感覚中枢への逆流も起きている。共感覚的な症状もさらに亢進。
 
 前にはなかった閃輝暗点の発作も起きるようになった。そうでなくても、目の前に閃光がぱしぱし浮かんだりして煩わしかったのに(これは共感覚的症状。音の刺激が原因で起きていることは間違いないので)、ますます自分の「視覚」というものが信頼できなくなってきた。

 その他、追想発作や情動の亢進等、どれも「身体」というよりは「神経」にターゲットが移った感じ。
 

 
 


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 引き続き、オリヴァー・サックスの「音楽嗜好症」を読み、そこでまたぼく自身の症例と重なる記述を見つけました。

 側頭葉てんかん発作に苦しむ女性の話として、「追想の感覚――とくに自分は10代だという感覚や、10代の自分がいる場面を追体験する感覚――が生じる」それは「ヒューリング・ジャクソンが『心の複視』と呼んだ意識の二重化である」

 ぼくのも、いわゆるフラッシュ・バックよりも、よほどこちらに近い気がします。「夜の燕」の中でも繰り返し描きましたが、この「心の複視」――あるいは、「意識の二重化」という感覚が一番しっくり来る。ここにいながら、14歳のある日のある瞬間を同時に体験している。

 ヒューリング・ジャクソンは側頭葉発作の前に起こる前兆の特徴として「夢幻状態」「デジャヴー」「追想」について語っている。「そのような追想の感覚には確認できる内容がまったくないこともある」と言及している。

 これもそうです。言語化できない「妙な感覚」がある。たしかに、「そこにいる」という感覚はあるんだけど、それにともなう情報をなにひとつ思い出せない。ぼくはこれを感情の記憶と呼んでいます。

 どこで読んだかは忘れたけど、これもサックスの本の中で「情動の亢進」という言葉があって、これも自分のことだと強く感じました。

 おそらくは側頭葉の興奮が引き起こすんでしょうけど、日に何度かこれが起こる。
 おもに、「歓喜」ですね。感じ入ってしまう。美に対する感受性が異常に高まる。

 なんでもいいんです。雲だとか、木々の梢だとか、田んぼに張った氷だとか、それを見て、感極まってしまう。
 涙が零れてくる。ものすごく昂揚して、胸が「熱くなる」

 ほとんど反射的に母に向かって呼び掛けます。こんな美しい世界に生んでくれてありがとう、って。

 で、しばらくすると醒めてきて、まあ、ちょっと大袈裟だったよな、なんて思う。
 でも次の日になるとまた同じことが起こって、同じように母に呼び掛けてしまう。

 昨日がひどくて、それがほぼ一日中続きました。涙も涸れてしまいます。夜、風呂に入っていてもまたそれが来て涙ぐむ。

  まあ、いいんですけどね。安上がりだし。どこに行かなくても、最大級の感動を日々体験できるんだから。
 
 おおむね、「追想の感覚」と「情動の亢進」は連動しています。それに驚愕症も。

 すべては脳の興奮が引き起こす。

 こういうときは、日常生活がまったく駄目になる。やることなすことが支離滅裂。文章も書けません。車も運転しないほうがいい。
 奥さんからは「あなたお願いだからなにもしないで」と言われます。 

 だとすれば、これは前頭葉の機能低下が原因なのかもしれない。事務的な能力が著しく低下するのと同時に、ブレーキから解放された側頭葉が生き生きと活動を始める。

 夢を見るように日々を生きる。夢の中で暮らす。そんな感じ。
 
 この感覚を小説であらわしたい、といつも思います。歓喜、切なさ、郷愁、追慕の情、さらには、言葉にできないなにか。

 
 


  

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 ここ数ヶ月、何年かのあいだ治まっていた驚愕症がまたぶり返してきて、どんなもんなんだろう、とインターネットで調べてみたら、そこで過覚醒という言葉を知りました。なんかすごくぴったりくる言葉。目覚めすぎてる。
 
 一般的にはPTSDの特徴のひとつと言われているらしいけど、ぼくは生まれつきなので、そこには当てはまらない。

 不眠や緊張もそうですが、過剰驚愕症もこの症例の中に含まれます。
 とにかく、びっくりしやすい。とくに音ですね。町なか歩いていて、かなり遠くでクラクションが鳴っても、飛び上がるほど驚いてしまう。心臓がどくん! って大きく打って熱くなる。

 このあいだも、ある対談で話題にしたんだけど、この心臓の熱感って、原因はなんなんですかね。まさか本当に心臓が熱くなるわけないから、アドレナリンかなにかの分泌を「熱い」と感じてしまうってことなんでしょうけど。
 
 どれだけのひとが、この「胸が熱くなる」のを、比喩表現としてでなく、実感として感じているのか。

 この「言葉では聞くけど、実際に体感しているのかどうか」という問題。

 オリヴァー・サックスの「心の視力」という本の中で彼が引用しているバートランド・ラッセルの言葉。
 「記述による知識」と「見知りによる知識」のあいだには橋のかけられない深い溝があり、一方から他方に渡る道はない――

 知ること、知ってることと体感すること、経験することは、すごく違う。
 「心の視力」に書かれていたんだけど、たとえ両目とも正常な視力を持っていても、ひとによって、その見えている世界の「深度」「奥行き感」はまったく違っているらしいです。

 立体視を測ることのできる画像を見たとき、あるひとはそこに描かれた棒の先が3、4センチ浮き上がって見え、別のひとは12センチ、サックス自身は17センチも浮き上がって見えたという記述もあります。

 何気なく見ている世界ひとつ取っても、ひとびとはこれほどにも違う受け取り方をしている。

 多様性、相対性ですね。
 だれもが、ある事柄に関しては豊かな感受性を持ち、また別の事柄に関してはまったくの不感症だったりする。
 
 あるひとたちが豊かな経験をしているとき、その事柄に関して不感症の人間は、なんてつまらないことに夢中になっているんだと思いがちです。

 そして「自分はそれを楽しめない」と言う代わりに「それは間違っている」とつい言ってしまう。

 「心の視力」には「視覚心象」のことも書かれてあります。そこにないものをどこまで鮮明に想像できるか、という能力ですね。

 これも驚くほどひとによって幅がある。まったく想像できないひともいれば、現実と同じか、あるいはそれ以上に鮮やかに想像できるひともいる。

 同じ小説を読んでも、ひとによってその「読書体験」はまったく違っている。

 あるインドの高名な教授かなんんかが、われわれの体験の多くは、けっして言葉では伝えられない。もし自分の人生を言葉で記述できると言うのなら、そのひとは、本当の人生を生きてはいないのだ、みたいなことを言っていて、たしかにそうだよなあ、って感じました。

 「あの感覚」は言語化できない。本一冊かけて、なんとかそれに近付こうとする。
 自分の深層に触れる感覚。非日常的で、直感的で、とても古く、それ故にシンプルで力強い。

 人間の原型が感じていた世界。

 脳の興奮が高まると、そのことばかり考えてしまいます。

  
  

  

 


 

 
  


 

 
 
 

 

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福祉ネットワーク「Diversity 発達障害」

福祉ネットワーク「Diversity 発達障害」

去年出演した番組です。一ヶ月間だけ動画が公開されます。興味のある方はご覧になってみて下さい。

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これを自己紹介にします 写真もあるし

1962年 東京調布生まれ 獨協大学卒 大学では体育会の陸上部に所属 800mの選手でした。実業団選手を目指すも練習中に激しく体調を崩し断念。その後もバイクで日本一周したり、クロスカントリーやマウンテンバイクのレースに出たりと、とにかくひたすらアクティブな人生を送ってきましたが、体育大の新体操部出身でエアロビックダンスのインストラクターだった奥さんと(高校の同級生でした)27歳で結婚、そしてすぐに子供が出来て、なぜかそれを期に小説を書き始めました。100%体育会系から、がらりと180度の転換です。1997年頃からネットで小説を発表し始め、2002年1月に「Separation」でデビュー。だいたい年一冊ぐらいのペースで恋愛小説のみを発表し続けいまにいたります。
 
 
 以下は以前に書いた記事ですが、それを自己紹介とさせてもらいます。これを読むと、だいたいぼくが何者か分かると思います。
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  ここ五年ぐらいになって、ようやく自分が何者なのか、この不具合がどのような原因から来るのかを知ったわけですが、それまではずっと、自分をただ「病人」とだけ思ってました。もう三十年ですから、その認識が大きく変わることはありません。なんであろうと、問題はこの「具合の悪さ」ですから。
 
 ただ、対処の方法というのは、自分を知ることによって見つけやすくなった。
 なにが起きているのか?

 生まれつき前頭葉の働きがひとより弱いために、脳にブレーキが利かず、神経が著しく活性化している。
  もうそのひと言に尽きます。様々な症状は、それがどこに出るかによって違って見えるだけで、根っ子はつねに一緒。

 神経が極度に活性化していると起こること。

 感覚が過敏になる。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、さらには気温、気圧、湿度、化学物質、電磁波、血中の炭酸ガスや乳酸の濃度、あらゆるものに、大袈裟に反応してしまう。

 感情も大袈裟になる。歓喜、悲しみ、不安―――ただ、ぼくは怒りの感情だけが自覚するレベルまで高まらないので、それがひとと違うところかもしれません。

 精神科の先生からは、前頭葉の働きが弱いひとの中でも、またいくつものサブカテゴリーがあって、あなたはそのうちの「生まれながらの民主主義者」と呼ばれるグループだと言われました。度を超えてナイーブで協調的、争いを極端に嫌い、怒りよりも悲しみに流れやすい。論理ではなく直感、視覚が発達している。

 まあ、とにかくありえないぐらいナイーブなわけです。主義ではなく、本能的に無抵抗。攻められたら、ぼくにできるのは逃げることだけです。そういう生物なんですね。

 自分に向けられたものでなくても、悪意、独善、不寛容を目にしただけで、胸が悪くなるほどの不安を覚える。パニックに陥ってしまう。

 この辺は、極度に活性化した神経が防衛本能みたいなものに作用しているんだと思います。
 アーヴィングが事故や不寛容を病的なほど恐れていたり、ティム・オブライエンが核戦争を恐れるのと似ています。オブセッションは小説を描く大きな動機になる。

 先日、中学時代親しかった友人と数十年ぶりに話をしたのですが、彼もぼくと同様、誰かが誰かを否定しているのを見ているだけでもうたまらなくなって逃げ出してしまう、と言っていました。それが創作物であっても同じだと。これもぼくと一緒です。だから親しくなれたんでしょうね。他の仲良かった友人も、みな利他的で、寛容で、ひとの悪口を言わない優しい少年たちばかりでしたし。むしろいじめられる側だった。

 また、脳の興奮は、潜在意識、記憶、夢といったものを現実と同じ比重にしてしまいます。
 前述の友人でも、ぼくはずっと彼とある場所へふたりでサイクリングに行ったことを夢だとばかり思っていたのですが、それを言ったら、「本当のことだよ。ふたりで行っただろ?」と言われ、かなり驚きました。

 逆に想像していたことを現実の記憶と勘違いすることもあるので、ぼくにとって記憶はけっこういいかげんなものだという思いがあります。

 脳の興奮は不眠に繋がります。ぼくは生まれたときからずっと不眠症ですが、それが「眠り」をぼくの中で特別で、ひどく神秘的なものにしているのかもしれません。
 
 潜在意識は、ぼくにとっては創作の基本です。ここと繋がらずに小説を書くことはできない。
 繰り返し書いていますが、「あらかじめ夢を見ることによってひとは自分の精神の平衡を保っている」のだとすれば、潜在意識を通じて小説を書くことが、治癒効果をもたらすのだという話にも理由がつきます。

 よく思うのはフロイトの自由連想法ですね。あれに近いんじゃないかと。前の言葉が次の言葉を引き出す。そうやって抑制が解かれた状態でテキストを綴っていくと、結局は夢を見たのと同じことになる。

 こうやって描かれたものは、おおむね夢のような手触りになる。テーマとかモチーフは関係ありません。
 なにげない日常の生活でさえも、読み手はそこになにか不思議な手触りを感じる。

 おそらくは読み手の神経の活性度と、読んでいるときの印象は関係している。
 活性度が高いほど、テキストに反応して潜在意識が顕在化してくる。共鳴ですね。
 「なんだかわからないけど」とか「うまく言えなくてもどかしいんだけど」とかいう感想を寄せて下さる方なんかは特にそうかも。だって言語化できないのが潜在意識ですから。 論理ではなく直感です。前頭葉ではなく側頭葉的。

 そして、死に対する感受性。自分や愛するものに対する死の不安。これも例の行きすぎた防衛本能と関連してそう。極度の内気さや奥手もぜんぶそうですね。

 けっこうこの濃度がひとの言動を大きく左右しているかもしれない。
 ぼくがこういった不安をそのまま小説に書くのは、上記の「自由連想法による抑制の解放」と繋がっていそうですね。無意識のまま書いているんだけど、気付くとこんな話ばっかり。

 初めの頃は、「命に関わるから中絶しろと言われたのに、無理してぼくを生んだばかりに心身を壊し、そのためにつねに死を口にしていた母をずっと支えながら生きてきたから」と言っていたのですが、もっとこの不安は根深いような気がします。生まれる前からこの不安は決まっていた。

 行きすぎた死への感受性。閉所恐怖、乗り物恐怖、潔癖症なんかも、その影響を感じます。ぼくは生モノが苦手で、完全に火を通したモノしかなかなか食べないんだけど、これも本能的に感染を遠ざけようとしているんでしょうね。よく知らないひとに触れられるのが苦手なのもきっとそうだし、ちょっとした匂いにすぐパニックに陥るのもそう。

 あきらかにひととは違うんだけど、だからこそぼくは作家になれたのだろうし(勉強はまったくできませんでしたから)、これらすべてのことを書くために自分はいるんだろうとも思っています。

 度を超えたナイーブさというある種の狂気を描くこと。とことん誠実に、じっと耳を澄ませ、自分のうちなる声を掬い取り、物語にする。それ以外のことはやろうとしてもできないし、それなら他の作家さんたちがすでにちゃんとやっている。

 いつもいう多様性、相対性ですね。それはきっと小説の世界でも同じはず。
 (まあ実際にはそうでもなかったんでびっくりしましたが。お師匠さんは「それを父権主義と言って、センチメンタルでナイーブな作家ははるか昔から攻撃されてきたんだ」と言ってました)

  
 こんなことを書いてきたのは、ちょっと精神的に不安定になっていて、こうやって書くことで、これもまた治癒効果になるのかな、と思ったりしたからです。

 体調の悪さがピークに達し、奥さんにずっと背中をさすり続けてもらっていたんですが、そしたらあるとき、痛みがすっとなくなって、それはそれで良かったんですが、こんどは心が不安定になってしまった。

 理由はいくつか考えられます。
 ひとつは、けっこう精神医学の世界ではよく言われていることなんだけど「心が強い人間は身体に出る。身体が強い人間は心に出る」っていうのがあって、けっきょくのところどちらかの選択でしかないという考え。

 十一月には月間500kmぐらいは歩いたので、それがなにか作用しているように思います。
 走るのと違い、歩くのはなにか「地力」のようなものを育む気がします。しぶとく、粘り強くなる。

 つまり「身体が強く」なった。
 
 けれど、一方でまた痩せましたから、感受性はさらに高まってしまった。ほとんど神経が剥き出しの状態(鍼灸の先生には、ここまで腰の肉が削げて、それで大丈夫なの? って訊かれるし、奥さんからは、ここまで仙骨の形がはっきり分かるひと初めて見た、とも言われました。けっこう食べてるんですけどねえ)。

 まあ、けっきょくそれが心に来てしまった。
 それでも昨日辺りから、かなり楽になってきたので、今日はこれを書いています。
 どうなるか分からないけど、とりあえず歩き続けようとは思っています。行き着くところまで行ってみる。
 でも、ほんと不思議なんですよね。心が楽になると、また背中や胃が痛くなる。すごいなあ、と思います。
 ある意味律儀というか。少しぐらい手を抜いてくれたっていいのに。

 後天的な病気と違い、これは生来の体質なので難しいのは分かっていますが、自助努力、創意工夫で、サバイブしていく。天は自ら助くる者を助く、とも言いますし。それに嘆いてばかりいずに、自分から動いていくと、その先々で、いろんなひとたちから助けの手を差し伸べてもらえるんですね。ぼくの場合は奥さんがその一番のひとだし、それ以外にも、すごく頼りになる人達がいっぱいいる。感謝、感謝です。
 
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近況

 日ごとに体調が悪くなっていきます。おそらくは気温の低下と関係があるのかと。
 深夜から明け方にかけてがとくに症状が強く出ます。激しい発汗と悪寒の繰り返し。腹痛と吐き気、気持ち悪さ、頭の痛み、そして悪夢。
 
 世界終末の夢をよく見ます。子供の頃から見続けているのだけど、最近は頻度が高くなり、多いときは夢の半分が終末の夢。

 昨晩は海一面が生物の死骸でピンク色に染まり、そこに濃紺の空から雷が幾筋も落ち、やがて陸に落ちた雷から火災がおこり、辺り一面が炎に包まれる、という夢を見ました。

 この天変地異の夢はほんとに多い。赤く燃えた巨大な隕石が雨のように降ってくるという夢も定番。

 終末小説を書こうと思っています。これも無意識の要請なんでしょう。小説は夢。無意識の鏡像。

 ぼくは関節が柔らかく、手の親指が九十度反ります。そのままもう一方の手で親指の先端を押していくと、前腕についてしまうくらい。子供の頃は中指でも同様のことができたんですが、いま試したらちょっと届かなかった。

 また骨がとても細い。手首まわりが14.5cmですから男性としてはかなり華奢ですね。

 診てもらっている先生にこのことを話し、これは東洋医学的に見て、どんな意味を持つんですか? と訊いたら、あなたは水なのだ、と言われました。

 骨が細く腱が柔らかい。つまり、ぼくの身体はソリッドでないのだと。普通の人が個体なら、ぼくの身体は液体により近い。筋肉も脂肪もないですから。ぼくの場合、肉体に占める脳を含めた臓器の割合がすごく高い。

 水気たっぷりの袋ですね。それが幾つもつならっているのを薄い皮で包んでいる。

 そうすると波動を受けやすい。水ですから。
 気温や気圧、音や光を含めた電磁波、さらには人間の感情、敵意や悪意、それらに強く反応してしまう。

 痛むほどに感じる。ナイーブにもほどがある。五十近い男性が、なんにでも容易く感じ、涙を流してばかりいる。

 このように生まれ落ちてしまったのだから、それを受け入れ、そのように生きていくしかない。

 ひじょうに不便で面倒臭いことばかりですが、仕方ないです。

 ぼくは自分のことを「病人」だと、ずっと認識していました。神経の病気。心身症。体質的にそうなりやすい。
 
 


 


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追想発作

 「ぼくらは夜にしか会わなかった」オフィシャルサイト

 http://www.shodensha.co.jp/bokuyoru/

 過去最高レベルの頻度で追想発作が起きています。理由もなくパニック発作に襲われることもあるので、脳の興奮がかなり高くなっているんでしょう。おそらくは体重が減ったことと関係がある。ジョブズの自伝読んでたら、脂肪が癌の痛みを緩和する、みたいな記述があったので(ジョブズは脂肪がないので痛みがひどい)、脂肪というのは感覚を鈍くする作用を持つのかもしれない。

 夜眠れないので日中一時間ほど昼寝するのですが、昨日は起きてすぐに歩きにでたために、なんだかとても奇妙な感じに。半分眠りながら現実の世界を歩くと、すべてが夢の中の出来事のように感じられる。薄曇りの天気も影響していたように思う。

 気付くと、ここ何十年も近付いたことのなかった場所に。中学の頃、夏休みの宿題で川面に浮かぶ小舟を描いたことがあったのですが、まさにその同じ場所に当時のまま小舟が舫われてあって、一瞬ですが、自分が時間を遡ったかのような感覚に陥りました。あの頃でさえ、すでに朽ちかけた小舟が、なぜいまもまだここに? 

 おそらくは、これがきっかけで、一気に追想発作の頻度が高まったのではないかと思います。脳の機能のなにかを解放してしまった。

 幾つもの条件が重なった。

 夢は記憶を種につくられる物語。追想と似ているけど、抑制が解かれている分、無意識を強く映します。
 無意識の世界は混沌としています。人間の原型が見る世界。

 すべての境が曖昧になる。彼岸と此岸、我と彼、我と世界、過去といま。

 「voice」は「我と彼」が曖昧になった物語。自己と愛する対象がとけ合う感覚。
 「separation」は時の流れが曖昧になった物語。
 「いま、会いにゆきます」は彼岸と此岸。「恋愛寫真」もやっぱり時の流れ。生体時間。
 「そのときは彼によろしく」も彼岸と此岸、夢とうつつが曖昧になった物語。

 夢の中でなら、ぼくらはもうここにいないひとたちと会うことが出来る。失われた過去に戻ることも、かなわなかった恋をもう一度繰り返すことも。

 物質主義的な生き方ではけっして知ることのない世界です。
 みんなこんな世界があることを忘れかけている。

 別に夢でなくてもいい。
 たとえば黄昏どき。脳の機能が切り替わる瞬間、なにかに触れた気持ちになる。逢魔が時とも言いますが、もうこの世界にはいない誰かの気配をすぐ近くに感じる。過去の懐かしい思い出が蘇り、思わず涙が溢れてくる。

 夜もそう。
 誰もいない闇の中にひとり立ち星や月を見上げていると、なにか不思議な感覚がそっと寄り添ってくるのが分かる。

 黄昏を味わう。夜を味わう。
 そうすると、物質社会の向こうにある豊饒な美に触れることができる。

 奥さんとふたり誰もいない広大な田園地帯を歩きながら、月を縁取る雲の色の移ろいに思わず見入ってしまう。
 昨晩、彼女が言いました。
 「他のひとたちは、なにを楽しんでるのかしらね?」
 「わからない。カラオケ? フェイスブック?」
 「こんなに素敵なことがあるのに」
 「おれたちがおかしいんだよ。ふつうのひとはこれを楽しいとは思わない」 

 でも、ほんの百年昔はみんなこういうふうに自然を楽しむ、自然を嗜む生き方をしていたはず。

 自分の中の原始的な衝動。森の中に身を置きたいとか、清明な水に触れたいとか、野山を駆け回りたいとか、そういった衝動には、他のなにものにも代え難い悦びがあります。

 それを捨て去って得たものは。

 無意識世界と決別し、世界の表層を漂いながら、つねに満たされぬ思いを抱く。

 たとえば、走ると、眠っていた遺伝子が目覚め、ものすごくたくさんの酵素が分泌される。身体を強くする酵素ですね。粗食も同じ。長寿遺伝子が目覚め、300種類? の酵素が分泌される。

 でも、逆から見れば、昔はみんないまよりもよほどよく歩き走り、いまほどは大食いもせず、この遺伝子が働くことは当たり前だった。 これが普通だった時代がある。

 いまは、それをすべてオフにした時代。肉体的にも精神的にも、いくつもの機能を停止させ、それを進歩した道具や医療で補いながら生きている。

 それに見合った文化が育ちつつある。
 
 そこにうまく馴染めないひと。 あるいは、なにか小さな違和感、兆しのようなものを感じているひとたち。

 喧噪から離れ、鳥の声や木々のざわめきしか聞こえない場所で、黄昏を味わってみる。
 そこでなにかを感じたら、それがぼくの小説の目指しているものです。

 宵闇や黄昏、田園を吹き抜ける風、そういったものが醸す感情を言葉で呼び起こしたい。
 夢の手触りを持つ小説。
 
 「ぼくらは夜にしか会わなかった」は、それを一層強く感じながら書いた小説集です。


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「装丁」

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「Contigo para sempre」 Portugal

 「ぼくらは夜にしか会わなかった」の装丁の評判がすごくいいです。ぼくは装丁に恵まれた作家なんでしょうね。
 上の表紙のデザインもすごくいい。ぼくの心象風景そのままといった感じで。伝えたいのは「思い」よりもこの「手触り」。たぶん、読んだひとがいままでに一度も感じたことのない感覚。だから言葉にはできない。なんだか分からないけど、ある気持ちになり、それがずっと続く。それこそが実はぼくがいつも感じているものです。それを体験してもらいたい。

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もろもろ、なんやかや

 発売予定日は、すごく静かに過ごしました。ここのところ原稿もいっさい書いていないので、ほんとに静かに。

 とにかく夏から秋、そして冬に向かう移行期は体調が乱れやすいので、それを抑えることに専心しています。 

 季節が変わりはじめた頃、大きな発作が来て、そこからちょっと臆病になっている感じです。真夜中にかつてないほどの激しい突発性頻脈の発作に襲われ、すわハートアタック!? と思い、一瞬死を覚悟しました。
 その前から不整脈は続いていたので、危ないかな? とは思っていたのですが、やっぱり来てしまいました。
 長く続くと気を失うこともあるので、こういったときのために枕元に置いてある冷水を一気飲みして、そこから徐々に落ち着く方向に。母親がこれでなんども救急車を呼んでいるので、そうなるかなあ、と思ったのですが、なんとかそこまで行くことなく朝を迎えることができました。

 
 まあ、これだけでなく、脳の興奮がもたらす症状が一気に出始めていたので、新たな作戦に踏み切りました。

 まずはマグネシウムの摂取量を増やす。
 大雑把に言って、カルシウムはアクセル、マグネシウムはブレーキとして働くので、ぼくのような暴走しやすい人間はマグネシウムをいっぱいとるべきなんだろうと。
 サプリでもいいんだけど、ぼくは食事で摂りたかったので、アオサとむきゴマを積極的に摂取。
 できれば一日に500mg摂りたい。どこかの研究で、そのぐらい摂ったら子供が落ち着いたとか書かれてあったので。
 ゴマはたしかにマグネシウムたっぷりなんだけど、皮にカルシウムもたっぷり含まれているので、ぼくにはアクセルはもう充分足りているから、それでむきゴマという選択。そうとう食べてます。なんにでもかける。

 美味しいですしね。

 あと、半身浴。これも昔からやっていたんだけど、けっこう適当だったので、今回はお湯の温度、量、時間を厳密にして。
 ネットで調べるといろいろ出ていたのでそれに従う形で毎日。古い別マ系の少女マンガを読みながら。

 あとやっぱり一番効果を期待しているのは「徘徊」です。
 走ると不整脈が出るので、ゆるゆると家のまわりを徘徊する。いまは仕事をしていないので一日中。
 いよいよまずい、となったら日に二十キロ歩くつもりです、と前にも書いたけど、いまがまさしくそんな感じなので、おおむね毎日二十キロ弱。ふらふらよたよた、散歩している老人に抜かれたりしながら。

 問題は急激に体重が減ってきたこと。毎日二十キロのウォーキングはさすがに来ます。とくに食べる量が増えるわけでもないので。むしろ徘徊効果なのか、頭の熱がどうにか胃腸の辺りまでさがってきたので、耳鳴り、目眩が和らいだかわりに、またふたたび胃痛が。なので実際には食べる量は減っています。

 これはもう、自己との勝負。どっちが勝つか。なんとかこれで秋を乗り切れば、安定期に入り、もう少し落ち着くと思うのですが。

 こんなことやってると、あたまはそれこそ秋空のごとく澄み切ってきます。これはぼくだけでなく誰にでも有効なこと。現代人は五感がそうとうに鈍っているから、ちょっとでも感受性を上げれば、それだけでもうひとり抜け出た状態になれるはず。見通しいいですよ。

 
 
9788862566834g

 これはイタリア版の「そのときは彼によろしく」
 これも今月発売。本が出るのは嬉しいです。
 
 思えば、小説をウェブで全文公開するのは、もう十年ぶりぐらい? 原点に立ち帰ったような気もします。
 「door into」に、「VOICE」を載せて、いろんな方たちから応援されて。体力があれば、仕事とは別に、また小説を書いてウェブで公開ということもできるんでしょうけど、その仕事さえ覚束ない状態が続いているので、今回、こういった形で載せられたのはほんと嬉しいです。

 ここから始まって、はるか西の国まで。ちょっと不思議な気持ちになるときもあります。
 
 
 

 

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「ぼくらは夜にしか会わなかった」今日発売日

 いちおう、公式の発売予定日は今日になってます。ただ、もう二日前ぐらいから書店にちらほら置かれているという報告も受けています。

 十四ヶ月ぶりの新刊ですから、ぼくにとっても大きな出来事です。なので、編集のひととも相談しながら、今回は公式サイトづくりに、かなりかかわってきました。

  「ぼくらは夜にしか会わなかった」公式サイト

 今回のサイトづくりにあたって一番強くお願いしたのは、短編一篇の全文公開をしたいということでした。
 祥伝社さんが、それを快く承諾して下さって 「白い家」全28ページを公開することができました。

 様々な状況で本を買うことができない方がいらっしゃるでしょうし、すべての書店さんにこの本が置かれるわけでもありません。なので、ここにくれば六篇のうちの一篇でも、とにかく読むことができる。そういうふうにしたかったんですね。
 また、プロの女性の方に朗読をお願いして「花の呟き」の十八章のうちの三章を公開しています。本を買わなくても、ここにくれば、ぼくが描いた世界をかなり感じ取ることができるようになっているはずです。

 せっかく書いたのですから、まずは多くのひとに読んでもらいたい。それと、これだけのものを読めば、この本との相性が良いかどうか、その判断もつきやすいはずです。購入するときの判断材料として、ここを利用していただければと思います。

 さらに欲張ったのが映像と音楽です。もともとぼくがこの「モノローグ」で公開していた映像や音楽を素材として、各短編の「イメージビデオ」をつくっていただきました。随時公開されるはずです(朗読のBGMはここでは公開していなかったものです。ケルト的な旋律です)。

 言葉を尽くすよりも、数秒の映像、ほんの小さな旋律が、「思い」を強烈に表すことができるときもあります。
 それをここで試したかった。

 本とこのサイト、ふたつが補完し合って、ひとつの世界を形づくる。新しい試みですが、ぼくみたいな人間にはすごく合っている表現方法のような気もしています。

 ちなみに書店さんに置かれているポップにぼくが書いた赤道儀室のイラストが載っているらしいです。まだ直接見たわけではないので確かではないのですが。

 ということで、今回は、かなり力を入れて発刊に立ち会ってます。
 
 

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新刊 「ぼくらは夜にしか会わなかった」 祥伝社

 Bokura

 オフィシャルサイト
 http://www.shodensha.co.jp/bokuyoru/


一年二ヶ月ぶりの新刊です。10月の27日発売予定となっています。
祥伝社の「Feel Love」に書いてきた短編が五本と、百五十枚を超える中編一本からなる一冊です。

 「白い家」「スワンボートのシンドバッド」「ぼくらは夜にしか会わなかった(「赤道儀室の幽霊」改題)」
 「花の呟き」「夜の燕(「I'm Coming Home」改題)」

 そして書き下ろし「いまひとたび、あの微笑みに」

 これはちょっと前、ここでもとりあげた「ワスレナグサ」という掌編を長くしたものです。
 「そのときは彼によろしく」にも書いた「長い長い眠り」に就くことが定めの子供たちが、ひとつの施設に寄り添って暮らしている、その二年間の記録です。ヒロイン眞理枝。その一番の親友、弘海。彼は少年なんだけど、まるで少女のような風貌で、自分でも「ぼくは男でも女でもないんだ」と言っています。そして眞理枝が恋をする相手の少年、幸哉。みな十五歳から十七歳ぐらいの年齢です。彼らを親や兄のように慕う年少者たちもいます。彼らはひとつの家族のようにして暮らしています。

 彼らが暮らしていた時代から二十年後に、眞理枝がしたためた手記が見つかり、それが物語の中心となります。
 追憶、郷愁、夢、幻想、そういったぼくがこれまで書いてきたモチーフがここにすべて凝縮されています。
 舞台となるのは古い洋館で、施設のまわりには天文台、植物園、修道院、民間飛行場があります。
 彼らはそこで恋をし、別れを経験していきます。

 眠れぬ子供たちへの読み聞かせ、賛美歌の合唱、熱を出した夜に付き添い身体をさすってくれる仲間、別れの日の儀式、きらびやかな夜のパーティー、「ガラスの動物園」「大いなる遺産」、ビートルズの「ガール」―――

 「世界中が雨だったら」で書いた、「どこへ逃げれば?」という問いかけの答えがここにあります。
 眞理枝は施設を「世界の涯に置かれた最後の避難所」と呼んでいます。あまりにも感じやすい心を抱えて、このがさつで我欲に満ちた世界でうまく生きていくことができない子供たち。
 書いているあいだは、ぼくもここで暮らしていました。そしていまも読み返すことによって、この場所に立ち帰ります。ぼくにとってかけがえのない場所となりました。きっと何度も何度も読み返すんだろうな、ってそう感じています。

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翻訳本2

 Bij_jou_zijn


 「いま、会いにゆきます」  オランダ 「BIJ JOU ZIJN」

Italy

 「いま、会いにゆきます」 イタリア 「Quando cadrà la pioggia tornerò」


Italy2


 同上

Be_with_you


 「いま、会いにゆきます」 北米 「Be With You」 takuji Ichikawa

これは以前載せたかも...

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翻訳本

 体調報告ばかりではあれなので、仕事の方も。とは言ってももう一年本が出ていないので、海外での出版。比較的最近のものを(記憶曖昧ですが)。


Bokute_t

「ぼくの手はきみのために」 台湾 「我的手是為了妳存在」


Imaai_i

「いま、会いにゆきます」 イタリア 「Quando cadrà la pioggia tornerò」


Imaai_p

「いま、会いにゆきます」 ポルトガル 「 Sayonara, Mio 」


Sepa_c

「Separation」 中国 「伤离别」

Tadakimi_k

「恋愛寫真」 韓国 「연애사진」

 どこも、デザイン綺麗ですね。こう見ていると、極東の国で生まれて、大陸に渡って、「地果てる国」まで流れていったっていう感じがちゃんとわかる。ありがたいことです。


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近況

Tac10

 台風が来るまではけっこう上り調子で、原稿にも手を付けていたのですが、低気圧と気温低下で、また一気にやられていまいました。なんにしも安定感がないんですね、ちょっとしたことで大きく傾いてしまう。
 胃を激しくやられ、また痩せてしまいました。夜になると眼窩の奥に眼球が入り込んで、えらくやつれ顔になってしまう。
 胃を下にして眠れないので、つい「エレファントマン」のことを考えてしまいます。不便だなあって。

 好きなように眠れて、とりあえずなにを食べても体調を壊さず、不安を感じることもなく電車やバスに乗れて、いまのところ体のどこにも痛みや苦しみがない―――じっと蹲って動けなくなるほどの―――であれば、けっこう実は幸せなんですけどね。そのことをみんな忘れがちですが。
 むかし誰かのエッセイで目にしたんですが(五木寛之氏だったか野坂昭如氏だったか)、貧乏っていうのはその家に病人がいて初めて言うんだ、っていうのがあって、ほんとそうだと感じます。健康であれば、かなりの状況において、けっこう大丈夫だったりする。三十年も病人やってると、しみじみ思います。

 うちの奥さんのまわりには気温が高いほうが体調がいいって人間ばかりが集まってきます。陰と陽。
 なので、ここ数日の比較的涼しい日に、みんなそろってダウン。この一律な感じがすごいです。どんだけ似た人間が彼女に引きよせられているのか。
 みんな体温が高く、はしかに掛かったことがない。風邪やインフルエンザとも無縁。なんだけど自律神経が...
 気温が35度ぐらいになると、相対的にぼくらもそれほどしゃにむになって体温を上げる必要がなくなってくる。筋肉を緊張させ、肝臓をフル回転させ、そうやって体温をつくっているんだけど、それから少し解放される。なので楽になる。そんな気がするんですが。

 先生からは暑さに弱いはずだって言われます。肌が異常に白く、骨から痩せている。これは寒冷地仕様なんですね。強い太陽光とは無縁で、体積と表面積の割合から言って、放熱効果が低い体型。

 なんだけど、髪は中近東系のくるくるパーマだし、猫舌で、熱い風呂も大嫌い。完全に両極端なタイプがひとりの中に共存している。こう、遺伝子がコーヒーとクリームのようにとけ合うのではなく、かなり大ぶりなモザイク模様になっている感じ。存在自体が矛盾している。なので、いい感じの時がなかなか訪れない。

 なんか究極の方法があるんではないのか? っていつも考えます。左薬指を三回左回りに回したら、すべての不調が消えちゃったとか、そんな感じの。


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言葉2

「そのときは彼によろしく」
 智司と鈴音の会話

「思い出、記憶、そういったものがいっぱい残っているでしょ?」
「はい、残ってます」

                *

「その記憶があの場所を形作っているんだと思う」

                *

「でも、どうしてそんな世界があるんだろう?」
「さあ」と彼女は首を傾げた。
「それは私にも分からない。でも、夢とすごく似ている場所だから、結局はみんなの心がつくりだしたものなんじゃないのかしら?」
 鈴音は両手を広げ、天を仰ぎ見ながら言った。
「『かくのごとき夢あれかし』って」
 そして、嬉しそうに微笑む。
「ねえ、それって、とてもすてきな夢だと思わない? すべてのひとたちがみんなそこで繋がっているのよ。私たちも、そしてかつてこの街に暮らしていたひとたちも、みんな」
 ぼくらはばらばらではなくみんな繋がっている。誰もが誰かと誰かの触媒であり、世の中は様々な化学反応に満ちている。
 つまりは、そういうことなのだろうか?
 誰かを愛し、たとえその誰かを失ったあとでも、悲しみとともにその面影を忘れまいと思うこと。悲しみが深いほど、その記憶は強くぼくらの心に刻まれ鮮明に残る。
 だとしたら、彼らを忘れてはならない。彼らがそこにいたこと。愛し、愛され、微笑みを交わし合っていたこと。そのすべてに意味があるはずなのだから。
「なぜ、私たちがこれほどまでに思い出に魅せられているのか、そのわけが分かるような気がするでしょ?」
 彼女の言葉にぼくは頷いた。
 ぼくらはどうしてこうも過去へと向かおうとするのだろう―――
 いつか、花梨も言っていた。これは人に備わった本能なのだと。そう、人は振り返らずにはいられない生き物なんだ。「懐かしい」と感じるのは、とりもなおさず、その「時間」を求めているのだということ。すべての瞬間を愛し、人生を慈しむ。その思いすべてが、「あの夢」をつくりあげていく。愛する者が住む世界を―――


       ***********************

 鈴音への手紙


『アイルランドの冬はどうですか? やっぱり、すごく寒いんでしょうね。風邪などひいてませんか?
 今年の冬はなんだかとくに寒いように思えます。でも、毎年ぼくはそんなふうに思っているのかもしれない。それは歳をとっていくことと、あるいは何か関係があるのかもしれません。子供の頃は―――花梨や祐司とあの町で冬を過ごしてた頃は、いまほど寒さを気にしていなかったのですから。ぼくももう40になりました。この歳で独りで暮らすということが、きっと一番の寒さの理由なのかもしれません。
 人は弱い生き物だなと、最近つくづく思います。夜中にふと目を覚ましたときに、いないとは分かっていても、ぼくは隣の花梨に向かってつい呼びかけてしまいます。『きみが恋しい』って。人には強がって見せますが、本当はあまりの寂しさにやりきれなくなるときもあるのです。人は―――少なくともぼくは、遙か先を見通す力と釣り合いがとれるほどの強さを持ち合わせてはいません。だから、つい弱音を吐いてしまいたくなる。先に続く孤独を思うとき、まるで闇に覆われた果てのない荒野を見渡してしまったような気持ちになります。星あかりはあまりに弱く、か細く、頼りないように思えます。
 それでも、なんとかやっていこうという気持ちになるのは、やっぱりあのときの鈴音さんの言葉があったからなのかもしれません。
 『かくのごとき夢あれかし』
 ぼくらがしっかりと生き、ここにはもういない人々のことをずっと思い続けることが、あの『夢』を支えているのだという事実。そのことがぼくを奮い起こさせます。そこに花梨もいるのなら、ぼくは彼女のために為すべきことをします。為すべきこととはつまり、生きることです。目を見開きすべてを見つめ、耳を澄ませてあらゆる音を聞くことです。そうすることが、あの世界に細部を与え、あの場所を確かなものにしていくのだと信じて。

 また、手紙下さい。ぼくは鈴音さんの手紙をすごく心待ちにしているのです。そして、またいつか会いましょう。『いつか』っていうのが『いつ』だか分からないのだとしても、その『いつか』に、また---

                                        智史』

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 なかなか体調が戻らず苦労してます。奥さんもひと月ほど前から体調を崩し、「どうしちゃったんだろうね? わたしたち」みたいに言って、溜息吐き合ってます。

 東洋医学では春先にストレスで肝を傷つけると尾を引くと言われています。それが最大の原因なんだろうな、とは思っています。でも、それだけなのか? と思うぐらいなにかがおかしい。五感過敏な知り合いたちも、そろって同じような状態に陥ってます。

 一昨日は、いつもの「声」が、ふだんは気にならないのに、急に気になりだし、強迫的な感覚に襲われてパニック発作を起こしてしまいました。そこから思い切りローになっていたのが、夜になって一転ハイになり、まったく眠れぬまま夜を過ごし、明け方に今度は激しい目眩に。昨日は一日横になっていたのですが、今日は少し起き上がれたので、久しぶりにモノローグを更新しようかと。

 もう、さっぱりわややです。困りましたね。漢方薬の量を変えたり、種類を変更したり、いろいろ試してはいるんですが、先に行くほど悪くなっていく。なんかもう日々冒険って感じです。

 まわりの環境が信用ならない、つねに警戒すべきである、っていうのは本当の冒険ですが、自分の体や心が信用ならない、っていうのもかなりのサスペンスなんですね。これは大丈夫か? いま動いていいのか? それともじっとしているべきか? 登山家が雪山でクレパスを警戒しながら進んでいくのにもちょっと似ている。

 ひとつひとつの選択が、その先の状況を大きく変えてしまう。もう、どきどきです。黒ひげ危機一髪みたいな。

 
 

 

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これまでの短編、掌編-2

 「さよならのかわりに」 メディア・パル 「本からはじまる物語」

 2007年の作品ですね。単行本なんだけど、これも17人のアンソロジーなので、この中にいたことを知らなかった方も多いと思って。

 孤独な中年男性が自分の人生を本に残そうとする。その出版社の女性は、彼がなにも言わなくても、触れるだけで彼の人生を読み取り、本に起こしてくれるという。生き別れた息子や、すでにいまはもういない妻との日々が蘇る...

 「ふたり流れる」 講談社 「こどものころにみた夢」
 これもアンソロジー。12人の中のひとり。
 祖父の七回忌で田舎に帰った青年が、隣の家の幼馴染みの女性を見舞って、そこで語られるふたりの「夢」の話。
 これは大好き。とりわけ好きな小説。ぼくは本当に夢の話が好きなんでしょうね。

 次は幻冬舎の「PAPYRUS」

 「恋サス」 VOL2

 女子大生が好きな男子に告白の手紙を送ったんだけど、彼が別の女性と付き合うって話を聞いて、大慌てでその手紙を回収しようとするって話。「フランクの穴」と同時期、すごくハイになっていたときの作品ですね。女性一人称が一番自分にしっくりくる文体だって気付いた頃。

 「いじっぱりのあいつ」 VOL14

 本の装丁家を目指している青年。彼のもとを訪れる幼馴染みの女性。彼女は大学で建築史を学んでいる。研究室の男性の先輩と一緒にヨーロッパにしばらく行こうと思うんだけど、と彼女は彼に切り出すが...
 これも女性一人称。万華鏡が重要なアイテム。


 「泥棒の娘」 VOL31
 男性一人称。学校一の変わり者の女の子に恋をしてしまう主人公。彼女が孤立したときに、彼はそっとメッセージのカードを送るんだけど...
 これはあとに出てくる祥伝社の「赤道儀室の幽霊」と対になっている。同じ時期に書いた、同じ主題の話。
 孤独なふたりが夜の町で出逢うっていうのも一緒。こちらは面白可笑しくて、あとで悲しいって感じ。

 「Your Song」 VOL36
 「泥棒の娘」のアンサーソングみたいな小説。あちらが男性一人称に対して、こちらは女性一人称。しかも呼びかけ形式。つまり手紙っぽい文体。あちらは中学で、こちらは高校。
 学校一の変わり者の男の子に恋をしてしまう主人公。彼女は陸上の長距離選手。彼が彼女にマラソン大会で10位に入りたいから指導してほしいって持ちかけてくる。10位に入ったら学年一可愛い女子生徒がキスしてくれるって言うから...
 まわりの評判がきわめてよく、それはきっと「恋愛寫真」とかの手触りに似ているからかも。

 次は祥伝社の「Feel Love」

  「白い家」  Vol.6

  病院で出逢った青年と恋に落ちる女性。彼は無名の作家で、森の中の一軒家に住んでいた。彼が病院で睡眠薬を処方してもらっていることにはある理由が...
 これも「夢」の話。女性一人称なんだけど、こっちは落ち着いた感じ。「吸涙鬼」的。

「スワンボートのシンドバッド」  Vol.7
 天文台が舞台。作家の妻が主人公。女性一人称。大赤道儀室で、彼女は昔の夫と出会う...
 けっこういまの自分たちに近い設定。これは珍しいこと。


「赤道儀室の幽霊」    vol.10
  男性一人称。高校が舞台。徹底して夜の場面ばかり。孤独な二人が夜の町を歩きながら、心を通わせるという話。やりきれないぐらい哀しい話なんだけど、ぼくは好きなんですね。強烈な感傷。

「 花の呟き」  vol.11
  女性一人称。植物園でスケッチをしていたホームレス風の青年をなぜか家に招いて泊めてしまい、そこから奇妙な共同生活が始まって...
 「パリ・テキサス」の冒頭の映像を思い浮かべながら書いた作品。 

「I’m coming home」 vol.12
 三人称。一部男性一人称。呼びかけ形式。
 「いま、会いにゆきます」「separation」「黄昏の谷」の系譜。それの最新版。
 この主題はずっと書き続けるんでしょうね。妻への愛と走るという行為が初めて結びついた作品。なぜいままでこれを書かなかったのかも不思議。そのぐらいぼくの存在と深く結びついている。愛と郷愁。奥さんは「日本むかしばなし」みたいと言いながら、激しく泣いてました。

 
 こう書き出してみると、あんまり仕事してませんね。まもなく十年になりますが、精力的な作家さんなら、この十倍は書いているでしょう。ぼくの場合十年のうちの六年ぐらいは、ほんとど作品を発表していませんでしたし。いまもここ数ヶ月、小説は一行も書けていないので、そのかわりにというか、思い出せるかぎり、過去の短編、掌編を書き出してみました。


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これまでの短編、掌編

 カテゴリーという機能にいま気付き、これを使って作品の情報を常時たしかめることができるようにしようと思い立ちました(気付くの遅すぎました)。

 とりあえず、みなさんが目にしにくいもの、単行本化されてないものをここに載せます。おそろしく事務能力がない人間なので、取りこぼしもあるとは思うんですが、思い出せた作品を(ぼくは仕事の記録を残していないので...)徐々に。

 古い掲載誌は図書館で探してもれえばいいんでしょうか? ぼくもちょっとその辺わからないんですが。

  「フランクの穴」 野性時代 2005年3月号
 古いですね...
 新女子大生がアパートの押し入れに穴があるのに気付き、覗いてみると、そこには同じ大学の男子学生が暮らしていて、っていう話です。


 「となりのうちの子」 野性時代 2008年12月号 
 結婚が決まった女性が、思いをまだ残している幼馴染みの青年のもとを訪れる話です。


 「きみの声」 小説現代 2005年6月号
 これも古い...
 「VOICE」と同じように、好きな女性の心の声が聞こえるようになった青年の話。でも、彼女は他の男性と付き合っていて...
  

  「ロレンツとカラス」 前編月刊PHP 2009年7月号 後編8月号
 大学時代に付き合っていた男性が体調を崩し、数年ぶりに再会した彼女は彼を自分の家に住まわせることに。才能溢れる戯曲家だった彼は、けれどあまりに破天荒な性格で、それが別れの原因だったんだけど、と言う話。


 「幸せの先触れ」 サントリー(いまはキリン) フォアローゼスのサイトに載った掌編。
 http://www.kirin.co.jp/brands/sw/fourroses/shortstory/index.html
 こちらの第4夜です。


 「深化」 sony 「浸音(ひたおと)」のサイトに載った掌編
 http://www.sony.jp/audio/community/hitaoto.html


 「そしていまも」「せめていまこの瞬間だけ」 セイコー『CREDOR NODE』のサイトに載った掌編
 これは残念ながら、もう読むことができません。2006年ですからね。作家になる前から温めていたストーリーを使った大事な作品だったので、どこかでみなさんに読んでいただけたらとは思うんですが。
 高校時代、お互い好きだったのに告白することができず、数年後同窓会で再会するふたり。級友たちがふたりを結びつけようと策略し...それを、男性目線、女性目線の両方で書いたものです。


  「ワスレナグサ」 メディアファクトリー 「忘れない。」収録

 これは文庫で出ています。作家十人のアンソロジーなので、ここに入っていることをご存じない方も多いかと思って挙げておきました。これも渾身の一作。「眠り」を待つ子供たちが暮らすサナトリウムが舞台の恋愛小説。1000枚ぐらいのプロットを20枚にぐっと凝縮。

 「壁に留めた心」 小説宝石2004年5月号
 古すぎる....
 でも、これも好きな作品。行きすぎた奥手な恋人たちの究極の婉曲語法。


 無題 「DELTA」 デルタ・グットレムのCDのブックレットに載せた掌編
 モノレールで通勤する青年が、軌道沿いのマンションに住む女性を毎日見かけるうちに恋してしまう、っていう話。

 
 


 

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